子どもを発表会に出す親の心得

昨日、おさんぽファミリーコンサートで、子どもたちが自分で考え、自分で動ける様子をお知らせしました。

 

もう2点、ミューレならではの文化をお伝えします。
ひとつは、「子どもに注意する必要がない」ということ、もうひとつは「親も教育する」という点です。

 

音楽教室ミューレではもう当たり前の光景ですが、実は、一般的にはこの光景は当たり前ではありません。

 

まず、リハーサル中、たとえ幼児であっても走り回ったり機材や会場に失礼なことをしたりして、叱られることは一切ありません。他の演目のリハ中は、じっと待っています。

 

実は正確に言うと、じっと待っているのかどうか、わたしは知りません。演目に集中しているので…。どう過ごしているのかわからないけど、一切、存在感がありません。幼稚園児が10人もいても、です。先輩たちの真剣な様子に「これはただごとではない」と息を飲んでいるのか、または、小学生が待たせているのか、とにかく、1日を通して、ありがちな「注意」は一切必要ではありません。

 

「優等生」だったり「しつけられているから」ではなく、「幼児でも、自分で考えて自らそのように行動している」というところがとても不思議な光景です。

 

それからもうひとつ、ミューレならではの光景があります。それは、「親が一切立ち入らない」ということです。

 

会場まで連れて来ていただいたら、あとは引き渡してもらい、すべての面倒は上の子が見ます。親がお世話することはしません。

 

なぜでしょうか?

 

それは、とにかく親は「口も手も出しすぎるから」です。しまいには、「先生、うちの子、どの順番で待機していればいいですか?」というような、演出に関することまで代わりに聞きに来る始末・・・。

 

ただ、これは、親が悪いだけではなく、主催する側のスタンスにもよるから難しいです。一般的に、発表会を催す先生は、「自分の指導がちゃんとしているかどうか、評価される場」と考えて、子どもが教えた通りに、できれば指導した最高のものを発表することを望んでいます。

すると、裏がどうであれ、表に出た時に立派に歩き、立派に挨拶し、立派に弾き通すことを一番重視している可能性があります。その場合は、親が手を出し口を出し、体裁を整えることが最優先になります。

 

わたしは、「子どもの学びが最も優先」とあらかじめ伝えてあります。何度も何度も、「余計なことを言わないで」と言います。すごく詳しく、具体的に、「余計なこととは、どういうセリフか」「どういう場面で子どもの学びを奪ってしまうか」ということを、いわば、親にも一緒に教育しているような感じです。

 

「親に教育する」というと、とても偉そうに失礼に感じるかもしれませんが、「子どもが学び切るために親としてどうしたらいいか」、教わる場面は他にないと思うんです。子育ての不安は、「知らないから」ということも大きな要因ですよね。

 

親が口と手を出すのは、「あなたのことは信じていないよ」「できっこないよね」というメッセージに繋がってしまうんです。一方で、「大丈夫だよ、信じているよ、きっとちゃんとできるよ」というメッセージもちょっと違うんです。

 

伝えたいメッセージは、「失敗も成功も、すべてはあなたのものだよ」ということです。子どもを尊重して踏み込まないでほしいんです。大事なことは、「わたしは、どのような結果であっても、親として、それを全面に受け止めるよ」ということなんですね。その覚悟が子どもを強くします。

 

先輩たちの保護者様は「先生に、何度も何度も同じことで怒られた。それでも口を出してしまう」とおっしゃいます。ですが、「親が口を出さず、子どもに学ばせて成長させる」という姿勢は、徹底的に浸透しています。

 

また、このようにも伝えます。「2度と立ち直れないほどの傷を負わせて痛い目に合わせるつもりはないが、もし、万が一、固まってしまって、ただ出て来て帰っただけで終わったとしても、その"今の姿"を100%受け入れてほしい」と。

 

わたしにも覚悟があります。保護者様にも覚悟を決めてほしい、と伝えてあります。
発表会は大人のためではないからです。

 

わたしにお任せいただいた以上、すべての指導の責任はわたしが取ります。
親が口を出すということは、プロであるわたしの現場に踏み込むということです。

 

ただし、出て来るものは、「その子の本当の実力」です。だから、それはそのまま受け止めるしかありません。

 

もしかしたら「ふむふむ、そうだ、そうだ」と思って読まれるかもしれませんが、これを実行するのは並大抵のことではありません。教室の方針に背いて勝手に「子どもの自由に」と自分だけが放置するのは、もしかして「親がちゃんとさせてください」という教室だったら逆に失礼なことになってしまいます。

 

だから、自分はどうしたいのか、どう育って欲しいのかよく考え、その方針をはっきり打ち出している教室を探すことが肝心だと思います。