わたしが子育てについて発信する理由

LINEメルマガで

妊娠、出産によって、女性の体はボロボロになる。
体だけじゃなくて、心も弱ってしまう。
そんな状態で仕事をしながら育児をして、もし、助けを得られないとしたら、仕事にも育児にもどんどん自信がなくなってしまう。

というお話を書いたところ、たくさんのメッセージをいただきました。

復帰したのはいいものの以前よりはるかにアタマも身体も動きが悪いように思えて自分の価値を認めることが難しかったです。

毎日、仕事と家事育児の両立はどうすればうまくいくのだろうと考えているばかりで身体がついていけていませんでした。

正社員の方に比べると楽なはずなのに…なぜ家事も育児も仕事も中途半端にしかこなせないのだろうと思う日々。

復帰後1年もするともっともっともっともっと……頑張らないと……以前のように……

といまのままではいけないという思いに自分が押し潰されそうでした。

先生の言葉を聞いて思ったんですが
仕事のうえではギリッギリのボロッボロ状態になってでも周りが納得する成果を上げられるまで仕事をしないと自分の存在に価値を見出すことができないのだと感じます。
自分に対しての自己肯定感の低さが原因かもしれないです。

2人目を妊娠したことで仕事はこれ以上無理だと決断して辞めました。どんなに仕事を頑張っているつもりでも出産前のようには評価されることは無く、悲しさや虚しさを感じていましたから。

 「どちらも中途半端」「もっとがんばらないと認めてもらえない」、多くの働く母親が感じるジレンマではないでしょうか。

 

元々共働きだったこともあって、子育てで辞めた後、夫の稼いだ金を自分に使うのが嫌でした。子どもに使うのは良いことと思いましたが、夫におうかがいをたてる必要性を自分では感じていました。パート代はすぐなくなる程度のものでしたし、不安定です。第一扶養という言葉が気に入らない。
正社員に戻った時すごく嬉しかったです。パパがダメと言おうとママが出すから言っておいで、買ってあげるよ、という気持ちを持てたのは大きかった。自分の実家に対して何かすることもずっと気が咎めて、根本解決に乗り出せていなかったのですが、稼ぐようになってから、老人施設に移った後そのままになっていた実家を、親に私が見るから任せてと説得して、業者を雇って全部片付け、直し、賃貸に出して、と一気に進めました。スッキリしました。自分にとってはこれはお金の問題だったんだなと思いました。

 「自分にとっては」というところがとても重要だと思いました。一般的にどうか、とか、周りがどう言うか、ではないんですよね。

わたしも短かったけど収入がゼロの時期があり、そのときは(誰も何も言わないけど)いたたまれない気持ちと、自分が一人前ではない感じがありましたね。

 

ここ数日のメルマガ、あるあるすぎでした!
私は約1年の育休後に仕事復帰しましたが、育休中は全ての家事をしていました。
復帰したら絶対に回らないと思い、やっていること全てを書き出して、家事を分担することにしました。
復帰後もいろいろな葛藤はありましたが、自分が収入を得ていることで夫に対して堂々と意見を言えているように思います。
育休中は夫の『養ってやってる』感や、社会から取り残された感じから、弱気だったと思います。

収入と自分の意見との関わりは、わたしはおおいにありうると思っています。

 

体も気持ちも全部ボロッボロで、でも子供はすっごく可愛くて、可愛いから、週末に大変って思ったり月曜日にホッとしたりしてる自分を許せなくて。何が大変なのかも説明出来ないし。今日こそミューレで泣いてしまうかも、と毎回思っています。旦那に頑張ってるね、って言われただけで号泣しました。彼もこのメルマガを読んでいるので最近「ボロッボロ」がネタみたいになってきています笑

ネタになってるのは、ちょっと可愛いですね。笑いに変えられたらだいぶ救われますね。泣いてもいいです、それを見ていっしょに泣いてくれる先輩ママがいっぱいいます。泣くとスッキリしますよね。

 

今日のメッセージ、まるで私のことのようでした。一人目の時は、何とかそれなりにやれていたけれど、年子で二人目が生まれててから、それなりにやることができなくなりました。ちょっとしたことで、尋常じゃなく怒る、泣く、落ち込む。このままでは、私も子供も駄目になると思って、仕事に逃げました。今でも、平日は数時間しか子供といないのに、あまり状況が変わっていないと感じる時があります。

二人目で状況が変わる方もとても多くいらっしゃいますね。「もともと、こんな自分じゃないはずなのに」、自分でも驚くように感情が揺れ動くことがありますよね。それが子育ての辛いところですよね。

 

私は、子育てしながら働いていますが、今回のメールにすごく共感します!夫はいつでも私の意見よりも他の専門家や友達の意見を聞いてばかり。私に質問して来るけれど、結局は私の意見よりも他の人の意見が通ることがほとんどです。もう、質問されても真面目に考える気が失せました。

残念ながら諦めた方が楽、ということもよく聞きます。男性がたは諦められていることに少しでも気づいてくれたらいいんだけど…。できれば諦められるちょっと前に。

 

弱り切っています。

子育てに自信がなく、毎日LINEを拝読しています。
教育ママになるつもりはないですが、子どもには最善の選択をさせたいと思っています。何が最善かもわかりませんが。

子どもは間も無く2歳になります。
旦那とは出産後毎日口論、喧嘩、暴力沙汰。正直こんな人だとは思っていませんでした。

子どもを見ててと言えば携帯、テレビを見つつ近くにいるだけ。絵本読んであげてと言えば聞いてもいない側にもいないのに読み続ける。
そういう人なのでとにかくほぼ一人で子育てしています。
子どもはアレルギーがあるので食事も気を使って三食なるべく手料理を作っていますが、ここ最近あまり食べません。
体重も減っておらず元気ですし問題ないと思いつつ、不安だし何とか栄養をと思って作っているのに食べずへこんでいるところに、お前のやってることは虐待だと騒がれ、本当に殺してやろうかと思ったほどです。

育休後、以前の様には働けないと復帰を断念。
現在専業主婦です。仕事はやりがいもあり達成感もあり、助け合える仲間がいたのに今は孤立無縁で先もゴールも見えない日々。
何が楽しくて生きてるのかと嫌になります。

 辛いですね。

わたしは、話を聞くお母様方の、辛い中にも「だけど精一杯の良い子育てをしたい」という愛情の強さにいつも感銘を受けます。

 

 おさんぽリトミックで、終わりごろに先生がお母さんに向けてしてくれるお話は、毎回と言って良いほど、そのときどきの自分にぴったりすぎて、涙を必死に堪えながら聴きました。
本当に寄り添うような、ほわっとした中に、大丈夫だよ!って言ってもらってるような気持ちがしたのは、先生の経験からの言葉だからなのもきっと関係していたのですね✨

そうだったんですね、ありがとうございます。

このおたよりにお答えする形で、わたしの「生きる力をつける親の会」に対するスタンスや、なぜ、この会を始めたかについてお話したいと思います。

 

わたしの言葉は、実を言うと、わたしの経験から来ているものではないものがほとんどです。

こんなことを言うとみなさんをがっかりさせてしまうかもしれませんね。たぶん、LINEを読んでいたらお分かりになるかと思いますが、わたしは自分がめちゃくちゃタフで決断力と実行力があるということを知っています。体や心が弱ってしまうからくりは分かるし、自分のことをかなり冷静に分析して「こう感じているな」と理解はしていました。ですが、わたしは「そのまま泣いている」ということは実際にはありませんでした。どこかで(割と早い段階で)何らかの実行に移していて、解決してしまうことがほとんどでした。

 

じゃあ、わたしの言葉はどこから来ているかというと・・・、

 

これまで接してきた、数百人、千にも届くかもという大勢のお母さん方の言葉を借りて、次の世代へ伝えているだけです。まったく気持ちがわからないとか、「わたしはそうじゃないよ」ということではありませんよ。少し説明させてください。

わたしはこれまでもこれからも、「わたし個人の考えと経験をベースにした活動」をするつもりはありません。もしそれがやりたいのだとしたら、わたしは息子をひとり亡くしていまして、もう、わたしにとってはそれ以上の辛い経験はありませんから、終始、「子どもが亡くなることに比べたら…」なんていう語りになってしまいます。

長男についてもあれこれ大変なことはありましたけれど、それにしたってたったの一例に過ぎません。自分ひとりの辛かった経験や弱み、失敗、後悔などをベースにして、「それを乗り越えた」という語りは、それはそれは説得力もあり、共感も得られるでしょう。

わたしは、皆さんの心に寄り添いたい気持ちはありますが、共感で終わらせようというつもりはありません。「そうよね、辛いよね、それでいいんだよ」という慰めを言うつもりもありません。自分の弱みをベースに活動すると、どうしても「超共感」で終わってしまいます。昔からわたしはよく冗談で「わたしは宗教法人を作ったらものすごく儲ける自信がある」って言ってます。共感と慰めに終始して「わたしが解決してあげるよ」と言えば、壺でも掛け軸でも売る自信があります(笑)。

 

では、なぜ、わたしはそれをしないのでしょうか。

それは、あなた自身があなたの足で前へ進むことを応援するというスタンスを崩すつもりがないからです。あなたのお子さんの親は、わたしではなくあなただからです。

 

わたしの活動の基盤は、わたしの弱みではなく、強みです。わたしの強みは三つあります。

ひとつめは、人の気持ちや考えていることを「そう!その通り!」という言葉で表すことができることです。

もうひとつは、相手がどんなに偉い人でも外国人でも知らない人でも100人いても、自分の意見を堂々と言えるところです。

みっつめは、人が耳を傾け、すっと聴ける声を持っていることです。

 

この特性を、わたしは小学4年生から6年生まで担任をしてくれた先生から教えてもらいました。実際に、この特性を生かした学校の仕事をたくさんやらせてもらいました。先生はわたしにこう言いました。

 

「おまえは発言に力があるんだぞ。

よく考えて発言しないと、おまえが間違った方向へ進もうとしたり自分のことだけ考えてズルをしようとすると、みんなも連れて引っ張って行ってしまうんだ。

大人になったら、その力を、声をあげることができない、立場の弱い人のために使わなくてはいけないよ」

 

そのときは、先生の言っている意味がぜんぜん分かりませんでした。たかだか11歳の子どもですから。だけど、「ものすごいことを言われた」という感覚がずっとあり、それから思春期、学生、社会人になるまで、ずっとずっと「立場の弱い人のために働くとはどういうことか」考えて生きてきました。

今、わたしは、自分の言葉を紡ぐ力と人に聞かせる声を使い、立場の弱い人がどうあっても立ち向かえない相手に向かって、ひるまずに代弁しようと思っています。

 

わたしは、わたし自身の辛さや弱みは自分で助けを求めたり改善したりすることができます。そのために動いているのではありません。

 

わたしは、声を出せないあなたのために、代わって社会と戦う覚悟があります。だから、あなたも全面的にわたしに依存するのではなく、弱い力でいいから、自分の足で一歩前に進んでください。その姿こそが子どもを強く育てます。

 

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