大人と子どもの線引き(5)

タムくんの言い分は
世間知らずの子どもが屁理屈をこねているだけです

同じ目線に降りて対等に話をしてしまうと
タムくんが学ぶことは

自分は大人と同じ土俵で言葉で闘って良い

ということです

この感じで社会に出て来られるとすごく困ります

「大人相手に屁理屈をこねるな」と
ガツンと教えてやらないと
あとからかえってかわいそうなことになると思います

屁理屈をこねる子どもに
育ててはいけないのではなく

放置していてはいけないと思います

「学校が必要か否か」
といった、答えのない議論に参加できるのは

あなたと同じように
それなりの人生経験を重ねてきた対等な大人ではないでしょうか

タムくんはタムくんで
未熟なりに

自分が正しいと思い込んでいますから

ああ言えばこう言うで

あなたが一生懸命発している
経験に基づいた意見が理解できるはずがないのです

だって
体験していないから。

イイコであるタムくんを頭ごなしに否定するのは
心苦しいですよね

だからこそ
これは親にしかできないことなんですね

 

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理不尽なことをガツンと教えてやれるのは
親しかいません

理不尽さに耐性のない子は
学校や社会でとても辛い思いをします

学校って理不尽なことだらけ

理不尽でないと
未熟な子どもたちを数百人まとめるなんて
無理です

そして
理不尽さに敏感で消化できない子が

説明のできない歯車の噛み合なさに苦しみ

学校に行けなくなるケースがとても多いように思います

「理不尽に対する感覚」は
生まれ持ったものもとても大きいように思います

たまたま敏感に生まれついた子が
理不尽さをあちこちで発見して

6才程度では言葉にできるはずもないので

体の不調などに出てしまうのではないでしょうか

以下の記事をぜひ読んでみてください

http://www.oyakostyle.com/2008/12/post-39.html

理解して欲しいことは
大人がどんなに道理を通したつもりでも

経験の浅い子どもからしたら
結局はどれも理不尽だということです

道理を道理と理解できるだけの土台が無いからです

 

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学校に行けばあらゆる体験ができる

これは
皆さんのおたよりすべてに共通して書いてありました

それが、学校に行かないタムに足りなくなる部分ですよね

だけど、体験していないタムには、理屈では理解できないのですね

どんなに正論でも
理不尽にしか映らないんですよ

だったら
とにかく行かせて

数十年後にあなたと同じ立場で話ができるようになったときに

しみじみと

あぁ、あのとき
おやじとおふくろに
理不尽に行けと言われて
仕方なく行ったけども

やはり行っておいてよかった

と、道理が通る日が来るのを待っても良いと思うんです

とにかく
学校へ行きさえすれば
あなたの訴えたいことは体験してきっと理解できます


言葉で道理を理解させるのと

将来
体験で道理を理解させるのと

理解さえできるならどちらでもいいはずですよね