自己紹介

坪井佳織

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浜松市在住
音楽教室ミューレ主宰
おさんぽリトミック代表
ダルクローズ・リトミック浜松研究会代表

 

父の仕事の関係で1〜2年おきに転校。
北海道から九州まで住んだことがあります。

幼少期は、人に話すと驚かれるほど、細かいところまで記憶があり(最初の記憶は1才)、 「なぜそうなんだろう?」と疑問に思うことがたくさんありました。それが大人に理解してもらえず、苦しいときもありましたが、持って生まれた性格は人なつこいものだったので、深刻にはなりませんでした。

児童期〜思春期も同様でしたが、言語力をパワフルに身につけたことと、勉強が好きだったこと、素晴らしい友だちがいましたので、かろうじて学校には行けていました。それがなかったら間違いなく不登校になっていたと思います。理由なく巻かれていく感じが強烈に嫌で、馴染めなかった実感が強くあります。

思春期には、親との関係に悩み、「自分とは何か」や「生死」について、深く考えていました。(でも、表面上はただの浮かれた女子高生でした。)

大学時代、海外に行って、善悪では判断し切れない「違う文化」に触れ、生きるのが一気に楽に。ただし、18才で独り暮らしをしてから自分の社会不適合部分が明るみになり、数多くの迷惑をかけました。「自分は生きるのが楽」というピースと「社会には受け入れられない」というピースの噛み合なさには少し苦労をしました。(今、周りで苦しんでいる子どもの話を聞くと、たいしたことではなかったですが)

社会人になり、親になってからは、むしろ、子どものころから持って生まれた性質や考え方の特性が自分を助け、「子どもが成長する」という過程にたずさわることが天職だと感じています。

産んだ子どもは3人。

長男の1才10ヶ月下に双子の次男と三男。三男は1才5ヶ月でSIDS乳幼児突然死症候群)で亡くなりました。

三男の死別がわたしの人生に大きな影響を与えたのは間違いないのですが、この特殊な経験を印籠のように掲げて子育て観を語るほど消化ができておらず、単なる個人的な経歴のひとつだと思っています。ここでお話したいのは、そのことをベースにした子育て観ではありません。

長男は、発達段階でさまざまなことがあり、この経験は同じお母さん方にとってたいへん参考になるものだと自負していますが、現在17才。もう自分の人生を自分の足で切り開いて生きている立派な一個人のため、まるで自分の一部のように発表するのもどうかと思っております。途中までは確実に「親の対応」が大きかったと思いますが、思春期あたりからは、自分で自分を知り、操縦法を確立して、長男が自力で切り開く力を身につけました。

 長男も次男も、はっきりとした夢を持って、七転八倒しながらも向かう方向がはっきりしているため、自力で前へ進んでいる強さを感じます。「子どもに夢を持たせる」というところまではお話しても良いかと思っています。

ローランド(株)でさまざまな社会経験を積ませていただいたのち、リトミックという音楽教育方法にはまり、浜松で活動を始めて今に至ります。

わたしの教室の大きな特徴は、子育てに首をつっこみ、お母さんのみならずお父さんとも深い話をしながら、一緒に成長を見守り続けていることです。多くの子は4才以下で入会し、そのまま中高生になるまで続けています。辞めたあとも、さまざまな形で関わりを保ち続け、困ったことがあると報告しに来てくれます。

中高生になった生徒たちは、自分で考え、自分で判断し、その場で起きたことに臨機応変に対応ができます。どんな性格の子も「使える社会人に育てる」という目的を持って試行錯誤した結果、ある程度の方向性が見えてきました。それをシェアするために、この会を立ち上げました。