大人と子どもの線引き(9)

大人は 働いて お金を稼いでいるでしょ? と伝えるとか⁇
ただ 私は今 専業主婦で無職なので そこを突っ込まれると困るのですが…(笑)

 

お金も大事な線引きですね

稼いでるかどうかは関係ないです

「お金は大人が管理する」
ということを教えればいいので。

金銭価値は
時代とともにどんどん変わるので

基準のない「節約」を
教えても意味がなくなることがあります

それより、
何に価値を感じて
どんなときに払うかという判断は
子どもに影響すると思います

それを見せているという意識で
使うことが大切かと思います

何かを子どもに買い与えて良いものか
迷う場合がありますよね

そんなときは、
その金額をポンと渡して、どう使われても良いと思えるかどうか
判断をしてみてはどうでしょうか

渡した以上、
破こうが無くそうが何も文句は言えない

それでもいいかと
自分に問いかけてみると
判断がつくのではないでしょうか

お金を使うかどうか
決めるのはいつも大人だと
教えることが
線引きになると思います

 

我が家では、大人になったらね、という言い方をよくしています。コーヒーとか。

食事についても
大人が管理して
「好きに食べられるのは大人だけ」と
教えたらよいと思います

コーヒーやビールなど
子どもに悪影響のものだけでなく

すべて大人がコントロールする
ということで良いと思います

貧困や戦時中などで
生死に関わるようなときは
親が我慢して子どもに与えるということが「親の愛」とされると思いますが

今は飽食の時代で
どちらかというと
栄養過多とか食べ過ぎ、偏食などが
問題になっているくらいですから

親が子どもの口を優先するのは
甘やかしにつながりかねません

(なんとなく
その方が良い親という風潮はあると思います)

たとえば自分の食事から取り分けるときも
好きなものを好きなだけ与えるのではなく

「これはお母さんが食べたいからあげない」
と言ったって良いと思います

 

--

けじめなく
お菓子を与えて黙らせたり

食事に影響することが分かっていて
「食べたい」のぐずりに負けたりするのも

子どもが大人をなめてしまう
大きな要因になります

いつもいつも
バッグに食べものが入っていて
グズグズ言い出したら
サッと出して食べさせる

それを繰り返していると
子どもが
「あの中にはいつも食べものが入っている」
と覚えるのは当たり前ですね

どんどん
手がつけられなくなるほど
ギャーギャー言い出すと思います

黙らせるために食べさせるのは

大人と子どもの線引きを教えるどころか

人間としての成長を妨げてしまいます

子連れで出かけるということは
本来、
そういうことですよね

つつがなく済ませようと思わず
すったもんだも含めて
経験だと思えば良いと思います

子どもがお腹を空かせて泣く様子は
いかにもかわいそうに見えるかもしれません

わたしの故郷の広島弁では
「死にゃーせん」
と言いますが

命に関わるかどうかで
判断してはどうでしょうか

自分の食事量を判断する力も
つけていかなくてはいけませんよね

大人と子どもの線引き(8)

大人と子どもの線引きをして
バシッと言えない原因のひとつとして

自分に自信がない

ということが邪魔をすることがあると思うんです

でも、ここは親として
自分のことをものすごく高い棚の上に上げてしまっていいと思います

子どもは、親のことを無条件に尊敬してますから

棚に上げちゃって欲しいんですよ

中高生になると
もっとも痛いところを突いてきます

親子だからね

「お母さんだって◯◯じゃないか!」

「だからどうした!」

って言い返せばいいんです

反抗期の子は
自分の存在を模索してもがいています

「だからどうした
どっこい生きてる」

って親が言い切ってあげることが

子どもの存在を無条件に肯定することになるんですね

逆に
昔は悪かったという武勇伝も封印した方がいいと思います

それは
「今はまともだ」という結果論に基づいているからです

子どもには理解ができませんので

対等な大人になるまで黙っててください

 

--

大切なことなので何度も言いますが

大人と子どもの線引きをするのは

そのことで解決する子育ての悩みがいっぱいあるからです

それが何故なのか
皆さんに納得してもらえる理由は
よく分からないのですが

子育ての相談に乗るとき、
まずこのことを試してもらいます

すると、
皆さん、最初は

「自分は既に線引きをしている」

と思っています

けれど
1年か2年経って、悩みが解決してから
あとで振り返ると

子どもの態度が変わっているし

大人の考えも変わっています

そのとき初めて
本当の線引きとは何か
理解をしてもらえるようです

 

まず最初に
大人同士で話している最中に
子どもが話しかけてきたとき

「大人が先」と伝えて

耳を傾けないでください

話が一段落するまで
その場で待たせます

このことは
「当たり前だ」と思う方と

「えっ?!」と
思う方に分かれると思います

あなたはどちらでしょうか?

大人と子どもの線引き(7)

ところで
タムくんは勝手な屁理屈を言って
バーン!と親にぶつかってきていますから

こちらもバーン!と跳ね返しても大丈夫なくらい
骨のある子ですが

ほんもののSOSは
絶対に見逃さないようにしないといけませんよね

これはもう、0才から
マニュアル育児や他の子と比べるのではなく

観察して観察して
「うちの子、どんな子?」って
毎日毎日見つめ続けるしかないです

毎日観察して
「なんか変だ!」という
親の直感を磨くのがいちばんの解決法だと思います

ボキャブラリーの貧困な子どもに聞いて
言葉で判断するのは危険だからです

精神力の強い子ほど
限界を超えても自覚しない子がいます

そういうときは
わたしは
西洋医学では何も出ないだろうと

脈診ができる針灸師さんに診てもらいました

気持ちは大丈夫でも
体がSOSを出しているときは

親の勝手な判断で
学校には
「頭痛」などと言って休ませ、

体力をつけたらたいがいの問題は本人が解決して帰ってくると信じて

学校へ送り出しました

最長で2週間かかったこともありました

 

--

さて、「学校に行かないなら出て行け」を使うには

「出て行け!」と言ったって本当には出て行かないし

親子関係が破綻しないような

揺るぎない信頼関係を築いておくことが絶対条件になります

その厳しい言葉の中に

本物の愛情を感じられるように

魂を込めて言える自信も必要です

その土台作りとして
大人と子どもの線引きをしておくことがとても大切なんです

まず、
大前提として皆さんにお伝えしたいことは

この社会は大人のものである

ということです

社会というのは
集団で生きざるを得ない生き物が、生きる手段として作ったもので

そこには数々のルールが必須です

そして、子どもはそのルールを守るには未熟でまだ無理と認定されているので

20才までは未成年として大人の保護下または監視下に置かれています

だから
まだ社会の一員として認められていない子どもは

本来
親の管理なしに参加する資格はないんですね

そういう大前提を元に
子育てを考えた方が
ずっとうまくいくことが増えます

 

--

現代日本は
子どもが参加しやすい社会になっていますよね

キッズルームのある美容院や

遊び場のあるカフェ

子どもメニューが充実したレストランなど

それは
子どもが社会に参加するのが
ウェルカムだということではなく

商売だからです!!

子育て支援センター
テーマパークも

お金が動いていないところは
ないですよね

親が経済活動に参加するという目的なしに
子どもを優遇することはないと思うんです

一歩、家庭の外に出たら
親の姿勢として

「あなたはまだ子どもだから
社会に善意でお邪魔させていただいているだけだ」

と教えてなくてはいけないんですね

子どもにとって
「大人優先」というのは
理不尽以外のなにものでもありません

理屈抜きに教える必要があります

社会性が芽生えるのは
4才くらいと言われていますから
それまでには

問答無用に
「大人優先社会」を
教える必要があるのですが

さて、
どんな方法があると思いますか?

くだらないことでも良いと思います
イデアを出し合ってみませんか?

大人と子どもの線引き(6)

タムくんとケンカの決着についておたよりをご紹介します

正直ズッコケました

主人の答えと
全く同じだったから(笑)

(中略)

「だから昨今の子供は軟弱なんや❗️」
と、褒められた経験の少ない彼とは意見が合わず、
いつも子育て感は食い違うのです。

でも、それもいいのかな
って、先生のLINEを読ませていただきながら感じました。

多角的に意見をぶつけて
ジタバタもがくことが
大事なんだって
初めて知りました。

 

タムくんに親近感がわかず、ただ答えが出るのを待っていました。

 

怒って、学校へ行きなさい!って、言ってよかったんだぁ、

と、安心しました。

 

「学校へ行かない」と子どもが言い出したら「出て行け」と言えば良い

ということではありません

たまたま、この返答を下さった方が使った言葉であって

わたしが言いたいことは

一通目のパパがおっしゃるように

タムを強い子に育てるために

ここでは一線を引くということです

 

--

タムくんの言い分を相手にしないことには
もうひとつ、ねらいがあります

それは

タムくんを
子どものままでいさせてあげる

ということです

同じ土俵に上がらないでいると

タムくんは
子どもならではの未熟な悪態を
思う存分つけるでしょう

お母ちゃんのばーか!

大っ嫌い!
あっち行け!!

など
アホな騒ぎ方を存分にさせてやれます

これぞ「ザ・親子ゲンカ」

尊重するという点では

タムくんがどんな感情を持とうとタムくんの自由であると

心から認めることが尊重になります

子どもが
「学校が嫌い」とか
「行きたくない」
「つまんない」と
言い出したら

なんとかしてその気持ちを変えさせようとすることは
尊重になりません

つまんないなら
つまんないままで
行けばいいんですよね

心は自由
行動は不自由

その切り離しができなくて

心も行動も思い通りにするか

どちらも言いなりになるか

その狭間で悶々としている方が多いのです

 

--

口が達者なタム君を、どう説得できるかと考えていました。子供の考えを否定するのもよくないし、気持ちに寄り添うことを考えて話してみるも、見事に理屈で返され、子供を説得することは何と難しいことかと頭を抱えました(笑)

ふふふ
子育てってもっとシンプルに考えていいんですよね

反抗期も大切。でも
人生の先輩である大人の話に耳を傾ける姿勢も大事かな。
それをすべてふまえて
「学校に行きたくない」

ふぅ~ん
そう思ったんだね
と言ってあげたいかな。

 

「そう思ったんだね」
「でも、行くよ」

シンプルにこういうことで良いと思うんですよね

そのときに
嫌われてケンカしてあげると

タムくんに
言い返して感情を発散する隙をあげられると思います

子どもがぶつかってきたときは
同じエネルギーで向かってやるのも
ひとつの親の愛情だと思います

思ってることを残さず全部、
出させてやるためです

親が優しく諭すと
最近の子は優しいから
気を使って引っ込めることがあるんですね

大人と子どもの線引き(5)

タムくんの言い分は
世間知らずの子どもが屁理屈をこねているだけです

同じ目線に降りて対等に話をしてしまうと
タムくんが学ぶことは

自分は大人と同じ土俵で言葉で闘って良い

ということです

この感じで社会に出て来られるとすごく困ります

「大人相手に屁理屈をこねるな」と
ガツンと教えてやらないと
あとからかえってかわいそうなことになると思います

屁理屈をこねる子どもに
育ててはいけないのではなく

放置していてはいけないと思います

「学校が必要か否か」
といった、答えのない議論に参加できるのは

あなたと同じように
それなりの人生経験を重ねてきた対等な大人ではないでしょうか

タムくんはタムくんで
未熟なりに

自分が正しいと思い込んでいますから

ああ言えばこう言うで

あなたが一生懸命発している
経験に基づいた意見が理解できるはずがないのです

だって
体験していないから。

イイコであるタムくんを頭ごなしに否定するのは
心苦しいですよね

だからこそ
これは親にしかできないことなんですね

 

--

理不尽なことをガツンと教えてやれるのは
親しかいません

理不尽さに耐性のない子は
学校や社会でとても辛い思いをします

学校って理不尽なことだらけ

理不尽でないと
未熟な子どもたちを数百人まとめるなんて
無理です

そして
理不尽さに敏感で消化できない子が

説明のできない歯車の噛み合なさに苦しみ

学校に行けなくなるケースがとても多いように思います

「理不尽に対する感覚」は
生まれ持ったものもとても大きいように思います

たまたま敏感に生まれついた子が
理不尽さをあちこちで発見して

6才程度では言葉にできるはずもないので

体の不調などに出てしまうのではないでしょうか

以下の記事をぜひ読んでみてください

http://www.oyakostyle.com/2008/12/post-39.html

理解して欲しいことは
大人がどんなに道理を通したつもりでも

経験の浅い子どもからしたら
結局はどれも理不尽だということです

道理を道理と理解できるだけの土台が無いからです

 

--

学校に行けばあらゆる体験ができる

これは
皆さんのおたよりすべてに共通して書いてありました

それが、学校に行かないタムに足りなくなる部分ですよね

だけど、体験していないタムには、理屈では理解できないのですね

どんなに正論でも
理不尽にしか映らないんですよ

だったら
とにかく行かせて

数十年後にあなたと同じ立場で話ができるようになったときに

しみじみと

あぁ、あのとき
おやじとおふくろに
理不尽に行けと言われて
仕方なく行ったけども

やはり行っておいてよかった

と、道理が通る日が来るのを待っても良いと思うんです

とにかく
学校へ行きさえすれば
あなたの訴えたいことは体験してきっと理解できます


言葉で道理を理解させるのと

将来
体験で道理を理解させるのと

理解さえできるならどちらでもいいはずですよね

タムくんとケンカ 皆さんのご意見ご紹介

タムくんとケンカに寄せられた、皆さんのご意見を掲載します。
どれも、架空のタムくんのことを、我が子のように考えてくださったもので、胸がいっぱいになりました。

お母さんは中学生の頃、学校に行くのが面倒でズル休みしたり、サボって周囲の人にたくさん迷惑かけてしまったことがあるの。

そんなお母さんの面倒という理由だけじゃなくて、将来のことや、勉強もサッカーも友達のこともちゃんと考えて、学校をやめたいっていう選択は必要なことを積極的にやりたいっていう良いことだと思う。

ただね、学校をやめたいっていうことはあなたにとっての学校が、あなたのこれからの人生に不要だと言う選択で、今すぐ決断しなくても良いことじゃないかなってお母さんは思うよ。

今は無駄だなって思う時間が、あとで気づいたら自分の大切な一部になってたりするのね。

だから、あなたの中で要らなくなってしまった学校っていう存在をもうちょっと頑張って過ごしてみたらどうかな?

区切りとして小学校卒業まで様子みて、学校で過ごした6年間が自分にとってどんな時間だったか考えてみて。

考えたときに中学行かず、他のことしたいって言うなら、また話しよう。

 

そうなの?

 

タム君は平気かもしれないけど、今まで一緒だった先生やクラスのお友達は寂しいと思うな。

タム君と一緒に勉強したりスポーツしたり、休み時間にお話したいんじゃないかな。

 

小学校で勉強すること、経験する事は、タムくんの人生のピラミッドの土台となっていくんだよ。
小学校では子供達が幅広くまんべんなく色んなことに触れられるように、学習、運動、行事など、プログラミングされてるんだよ。
そして、その中には沢山の可能性の種が落ちてるんだ。タムくんの視野がぐんと広がるよ。もしかしたら、今タムくんが興味のあるプログラミングや英語よりもっともっと興味のある種が見つかるかもしれないよ(^^)

お友達もそう。サッカーのお友達は男の子が多いよね。サッカーの好きな子が多いよね。もちろん一人一人違うけど、共通点も多いと思う。
小学校に行ったら、男の子女の子、運動が好きな子、音楽が好きな子、絵を描くのが好きな子、色んな子がいて、タムくんはどの子とも触れ合えて、多くの刺激を与えられるよ。

どう?小学校も魅力的じゃない?

 

うんうん。そうなの〜。

自分の将来のことも、自分できちんと考えられるようになったんだね。すごいよ。

学校を勉強する場所って考えると、確かに他でもできるし、もっと役に立ちそうな勉強ができるかもしれないね。

お母さんは、学校は国語や算数みたいな勉強だけじゃなくて、タム君が大きくなってから生きる力をつけるための勉強の場所だと思うんだ。
そういう授業があるわけじゃないし、先生もそう教えてくれるわけじゃないよ。

例えば、運動会あるじゃない?その日だけで運動会ってできる?

できないよね。踊りの練習を1ヶ月も前から始めるし、リレー選手は2週間も朝練するし、5年生は係の仕事をして運動会の進行も助けたりする準備もするよね。

大勢で何かを成し遂げるために、どうやって人と協力するか。自分が考えて行動するか。これはすごく大切なことで、この力が身につけられたらほとんどの問題はどうにかなるんじゃないかな。
学校では知らないうちに、そんな力も勉強しているんだよ。

上手くいかなくて落ち込んだり、言い合いになったりすることもあるかもしれない。それを話したり励まし合ったりする仲間もできるかもしれない。
そんないろいろことを乗り越えて、精一杯やった運動会ってどんな気持ちかな?

タム君が学校が楽しいなら、きっといい仲間ができるんじゃないかな。ママも小学校の時の友達と30年経っても付き合いがあるよ。これから、家族には言いにくい話ができたりしても相談し合えるし、ヘンな話お父さんお母さんが死んじゃった後も、タム君をわかってくれる一生の宝物になるかもしれないよね。

こういういろんな力をつけるのが学校なんだと考えると、タム君の将来には必要な場所だと思うよ。
タム君も、もう一回考えてみて欲しいな

 

まあ、行っときなさい。学校に行きながらできることを自分で考えてやって、高校進学を考えるときにまだ学歴がいらないと思ってたらそのとき話を聞くよ。

 

そうか、ユーチューバーになりたいんだね

なりたいものがあるのは素敵なことだ!
たしかに、ユーチューバーには学歴はいらない。
英会話ができれば、海外にも発信できるし、プログラミングを知っていると、自分で映像やサイトを編集できるかもね。

じゃあ、ユーチューバーに必要なものって、それだけかな?
ヒカキンが、どうして世界中の人を笑顔にできているかは、わかるかな?

英会話ができるから?プログラミングができるから?


番組を面白くするための構成力、見続けてもらえる話術、コメントを次の投稿に活かす謙虚さ。
数えたらきりがないくらい、ユーチューバーは、要は自分を商品にする力があると思うんだよね。

それは、どこで学んで身につければいいのかな?

 

そうだね

図書館でも勉強できるし英語やプログラミングもいいね

でも学校でみんなで勉強するともっと楽しいよ

それに給食や体育もあるし楽しいよ

 

 

タムくんとケンカを通して、皆さんがお考えになったことを、その後もご意見としてたくさんいただきました。

 

タムくんの言い分も分かります。

自分自身もなんでこんなこと勉強するんだろうって思うことがあったので

でも大人になってみるといろいろな経験をすることやいろいろな人と関わることは大きくなってからの力になると思います。たくさんの体験や経験の中で好きなものを見つけて欲しいし色々な人と関わることで人から学んだり人との付き合い方を学んで言って欲しいと思います。

 

タムくんが我が子だったら、もし自分がタムくんだったらとずっと考えていました。
タムくんは学校で嫌なことがあったのかも?
苦手な教科で先生に当てられるのが嫌なのかも?
お母さんにかまってほしいのかも?

もしそうなら、学校に行きたくないと言われたらとことんタムくんと過ごそうと思います。
「よし!お母さんとパフェ食べに行こう!」と出かけて
「何かあったの?」とタムくんの気持ちを聞きたいです。
私自身、学校に行きたくない時があったから、その時の気持ちとかを話したい。お母さんもそうだったよって言ってあげたいです。みんなそうと伝えたい。
「行きなさい」と言われるのはプレッシャーになるかもしれないからタムくんが自分から行くというまでは気長に待ちたいです。

働き始めて、育児と仕事の両立となると余裕がなくなってしまうかもしれないけど…それが子どもからの訴えかもしれないから、それに気づいて、子どもと向き合う余裕母ちゃんになりたいです!

 

「学校行くのやめたい」について…

学校に行く意味って
意義って…と考えて
ました。

私は学校に行く意味は
知識を得るよりも
社会勉強と思っている
ほうです

確かにいろいろな
選択がある最近の
世の中、学校以外に
実学を身に付けられる
場や他の学校に準ずる
場所は、いくらでもあるでしょう。
そして、それを選べる環境や選択肢が私たちが学生の頃よりずっとあります。
だからこそ、学校へ
行く意義もあるのでは…
というのは、学校には
いろいろな子がいますよね。
得意な事も苦手な事もそれぞれちがう、性格も元気な子や大人しい子、経済的な環境や家庭環境も違う…そんな
ある意味、個性的な子ども達が一同に会するのが学校なんだと。

日本の教育は遅れている、当たっていると
思います。でも、それはほんの一面です。

私が思うのは、日本の子ども達は恵まれているということです。

学校へ行くことが用意されている。
個性的な子ども達が集まる学校は、社会だと
私は考えています。
一歩外に出れば、世の中に出れば…本当にいろいろな人がいます。
社会に出る前の社会勉強ができる場所が学校かなと思っています。
もちろん、学校以外にも習い事や他の場所で
そのような体験ができないわけではありませんが…すでに「学校」という場が用意されている恵み、それが伝わったら…うれしいな。

 

タムくんへの返事に込めた思いとして、まず、この小学校に行くか行かないかというテーマに対してのママの考えを伝えることを大事にしました。「そうなの。」とは言えても、「そうだね。」とは言えない内容だとも思いました。もし本人の意志をできるだけ尊重したい内容の主張なら、できる限り尊重したいものですが、今回はママにも思いがあるのよ、とはっきり伝える姿勢です。
理屈で言えば、小学校に行くことは、権利ではあるけれど子供の義務というわけではないかもしれません。でも、私自身、社会の縮図ともいえる学校で生活することは、生きていく上で必要と考えます。もちろん、病的なまで苦しんで行けないと訴える子供に対しては別問題ですが、そういう子供でさえ、別の形でまた学校または集団生活を経験すべきと思います。タムくんは、自分の考えとして、行かない選択をしたいわけですが、人間は人の中で育ちあうという教え、それは家庭でできるものではありません。十分な言葉でタムくんに伝えられないのですが、せめて、いつもの話とは違う、これはママもはっきり言うわ!という強めのメッセージです。
生きていく上では、理屈ではない様なことも沢山あります。
そういうものならば仕方ないか…
という諦めのような気持ちで通学することになってしまうのかもしれませんが、諦めるということも、生きていく上でとても大切と思うのです。諦め…というと後向きな言葉かもしれませんが、前向きな諦めも必要です。何か良い言葉があればそれをタムくんに伝えるのですが、見つからないので、諦めなさいとまでは言わないですが、それでも、ママは行って欲しいの!という思いを込めて伝えたいです

 

いろんな場面で、子育てについて、お母さんやお父さんとお話をする機会があります。

みんな暗中模索のように感じます。

けれど、心の中では、何かあったらこんなにも「自分の意見」が溢れ出すのだということがよく分かり、それをそのまんま、自信を持って育児にぶつけていって、「違ったら方向転換」 を繰り返すだけで、日本の育児は安泰だ!って思いました。

まずは、「自分で考える」「自分で行動する」、それが本当に大切で、子どもにはその気迫というか責任の重さ、大事に思われていることが絶対に伝わります。

大人と子どもの線引き(4)

皆さん、ご心配をおかけしました

タムくん、学校へ行きますよ

学校に行かないのなら家から出て行け。
学校にいくのが子供の仕事。それが出来ないなら出て行って下さい。

 

「・・・わかった、行くよ😔」

 

わー、パチパチ👏

ただし、もめるでしょうね

ギャーギャーと泣くかもしれませんね

思いつく限りの悪態をついて
最悪な状況になるかもしれません

でも、
タムくんは学校へ行きます

だって、
小5の男の子が家を追い出されたら、

食べたり寝たり

そもそも
プログラミングや英会話も習えないです

どんなに納得できなくても行かざるを得ないです

こういう解決策ってどう感じますか?
たぶん、大多数の育児のセオリーからすると御法度でしょうね

でも
学校には行けますよ

あなたはどう感じますか?

もしかしたら
一生懸命、心を砕いてタムくんを説得してくださった方の中には

「え〜っ?!
こんな解決でいいの?」
って
腹が立つ方もいらっしゃるかもしれませんね

まぁ、ちょっと聞いてください

 

--

たくさんの方の熱いおたよりは
何らかの形でいつか全部紹介したいと思います

内容はすべて胸を打つものばかりでした

あんまり正論なので、言い返すのが忍びなくて
ケンカには取り込まなかったくらいです

わたしのお気に入りの回答を2つご紹介します

せめて卒業まで給食食べておきなよ!

 

女の子との出会いが、半分になって寂しい人生をおくるよ

 

わたしが想定していたゴールとは

「同じ土俵に上がらない」

ってことでした
なぜなら親だから

上記の2つ、
答えてくださった方は大真面目だったと思うのですが

「出て行け」と同様、
まともに相手にはしていないですよね

「出て行け」なんて言ってもいいのか

言い分を聞いてやらなくていいのか

疑問が湧くと思います

ここで
先月おはなしした

「根っこのところで尊重されて
愛着もしっかり形成されている」

という大前提がものすごく大事になってくるんです

0才から3才くらいまでに
どう接したかが大きく関わってきます