自分も虐待してしまうのか不安です

目黒区で、5歳の女の子が「ゆるして」と書き残した、とても痛ましい虐待死事件が起きてしまいました。

今まさに、同じような年齢の子を育てているお母さんから、こんなおたよりをいただきました。

 

そのニュースを見るたびに、自分が虐待の加害者なるのではないか、と不安で仕方ありません。

お世話してるし、毎日保育園に行ってるから大丈夫、と必死に言い聞かせてますが、でも、それだけで虐待していないという事にはもちろんならないでしょうし(私は子供を大声で叱ってしまう事があります)、とにかく不安で涙が出ます。

 

そこで、このニュースを見てどう感じているか、率直な感想を吐露してもらいました。

全国の名も無きお母さんたちの声です。

 

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先の虐待のニュース、私も同じです。
『虐待の発覚を恐れて…』という気持ちがよく分かってしまいます。
もしかして、絶対に発覚しなかったら私もしてしまうんじゃないかと考えてしまい、ゆあちゃんと娘が重なって怖くなってしまいます。
弟が生まれてから、どうしても怒鳴りつけることが多くなり、怒鳴っているとだんだん怒りがヒートアップすることを感じています。
『自分より弱い』『自分から離れない』『自分を愛している』と、まだ絶対的な母への愛情を逆手にとっているんだと思います。
そんなものは決して続かないのに。

私は常に精神的な虐待をしているんだと思います。
児童相談所が訪ねてくる恐怖がずっとあります。
自分が悪いのに。

5歳の子どもが、遊ぶなんていわないとか親に本気で許しを乞うような心理状況になってしまうほどの虐待とは?と、きっと子育て前の自分なら憤るだけで終わっていたと思います。
今は、子どもたちにこんな思いをさせたくない一心です。

娘は、『私を生んだお母さんが私を好きなように、お母さんを生んだばーばはお母さんのことが好きなんだよ?』と、何かの折に娘から言われました。
娘がずっとそう思えるような環境でいさせてあげたいです。

 

 

今回の虐待死亡事件については本当に苦しい気持ちになります。
たった5歳の子供があんな言葉を書くなんて。
でも私ももう少しであっち側になるところでした。
あまりに言う事を聞かずキレてしまう自分がいます。
今回の継父の暴力とそれを黙認した母親とは違うけれど、虐待と言われたら反論出来ない事柄でしたから。
ワンオペで辛いって事もあるけれど、ひとつひとつは些細な事なんだけど蓄積して爆発してしまうんですよね。こんな些細な事でと自分の我慢が足りないのか?過敏に怒り過ぎなのか?と不安になります。
しかもこんな事誰にも言えないし。
児童相談所まで行き、そこのおじさんに「気持ちはわかります」とか言われても「あなたは仕事してて子供みてないよね?」ってすごく悔しく情けない思いがしました。

いろんな人が何かあれば言ってって言うけどなかなか言い出せないものです。

 

 

私は父から暴力を受けて
母からは助けてもらいつつもあなたが悪いんだ
父を怒らすな
的なニュアンスをやんわり伝えられ続けて育ち

子育てする側になり
私がやってこられたことをやっている自分に長女三才に気がつき
もがきながらもなんとか
手が出ぬように努力し
先生からの毎朝のメッセージを読んだりしながら戒めていますが
なかなか

ただ主人がいます
ときに私をやりすぎとしかりながら

模索しています

時に外にだし
大声で泣く娘を無視した態度をとり

虐待かもと思いながらも

子供を思っています❗

抱き締めています
時に心で一緒に泣きます❗

その思いがあるとき
虐待じゃなかったと逆に感じたりします❗

事件内容をきいていると

子供からの一方通行の思い(涙)
受け止めてもらえていない状態を悲しく思い

私はやらない
ならないと思えたりしました

主旨と外れていたらすみません❗

私も洗濯機にいれたら
思いました❗
やるとやらないは大きな違いと思います

 

 

目黒の事件が本当に痛ましくて見ていて苦しくて。テレビ報道だけでは真実は分かりませんが、報道を見て自分の中にやましさ一つなく、100%ヒドイ!と言えない親の方が、むしろ人の血が通ってるように思います。。誰でも程度の差はあれ、途方にくれて投げ出したい時はあるのでは?
勝手な想像ですが、加害者の母親は、夫に逆らえなくて、それをどうにかする術を見つける力がなくて、ああなったのでは…と思います。誰かに相談する、外部機関に頼る、周りを巻き込む、など。
幸い自分は育休中に泣きまくる子どもと鬱々と二人で家にいる瞬間があっても、「聞いてよ〜」とライン出来るママ友や先輩ママ友達がいたから、おかしな事をしないで済んだんだと思います。独りぼっちだったら、私も洗濯機に放り込んでいたかもしれません。

 

私も、大声で怒る事あります。そんな不安やイライラ、主人との関係性、主人家族との関係性から色々悩み8年前から、子育て心理学の講座をされている方がいたので、学び始めました。
虐待だと気付かず、当たり前のように、躾として、私の言う事を聞く良い子を作ろうと必死になっていました。

私の両親の、怒鳴り方、支配、コントロールされてきたままが当たり前だったので、自分のしている事に気づくのは出来ませんでした。

両親のしがらみ、取り込みから、今は、やっと気が付き、自分を癒し始めている感じです。私は、私。あなたは、あなたの感覚を毎日呪文のように唱えます。
ゆあちゃんの事件は、いつでもどこでも誰にでも、すぐそばにある問題なのだと私は感じます。先ずは、自分の為、我が家の未来の為、今、一つずつ、見つめなおしていく、チャンスなのかもと思います。

 

 

虐待等の事件は自分自身と結局紙一重だと考えてます。
私には相談できる場があり、支えてくれる両親、義両親、友人、夫、公共の窓口、親の会のlineのような場所…があるから、事件に至ることはなく、何とか出来ているのだと強く感じます。
一時、色々なことが重なって、言うこと聞かない子供を毎日平手で叩きました。
「なんでお母さんに酷いことをするの?傷つけるの!?」
といって、自分も泣きわめきながら子供の肩を強く持ち、揺さぶったこともあります。
自分がこれ以上子供に何するかわからなくなるくらい不安だったので、子供から離れて一人になろうとすると子供は、「お母さんお母さん!行かないで!」と泣きながらしがみつく。
どんなに辛いこと、酷いことをされても、子供には私という親しかない。
本当に辛い時期でしたが、私の様子が異常だったため、夫と母が様子に気付き、私のフォローやカウンセリングを受けることを勧めてくれたり、親身になってくれたから、事件に至らなかっただけだと思っています。

それから、二年経ちました。
元々、感情のコントロールが苦手な私ですが、周囲に支えられ、落ち着いた時間を過ごせるようになりました。
子供も現在4歳。
毎日、「お母さん、大好き」といって、抱き締めてくれます。
もちろん、私も抱き締めて「大好きだよ」と伝えています。
でも、1度してしまったことは消えません。
子供の中に傷として残っているでしょう。
どんなに後悔しても、無くなることはないので今とこれからの子供との関係を良いものにしていけるように努力するしかないと思っています。

 

 

ゆあちゃんのニュースをたまたま職場で見かけてから今も頭から離れないでいます。五歳の長女がおり、社会の中にもいる私ですが、行政が救う方法があったんじゃないか、近所にいればおばちゃんとして何かできなかったのか。
そういう視点もあるのですが、今回の事件はなぜ親があの反省文を書かせるまでしつけにこだわったのか、が気になりました。
うちの長女はあれだけの文章は書けません。しかし、将来のためと思ってしつけたり、あるとき私の怒りをぶちまけたり、どうしてわからないのかと娘の前で泣いたこともあります。怒りながら泣きながら誰か私を止めてほしいと思っても、ひきとめるのは私しかいません。なぜ子育ては家庭に納められてしまうのか。
子どもがほしくてたまらなかった時期は虐待親に対して対岸にいて責めていましたが、今はもう私にも迫ってきている、みたいな気持ちです。本当につらいニュースでした。

 

虐待に限りません。
全ての犯罪報道、テロの報道も、自分と実際に犯罪を犯した人との違いなんて、些細なものなのではないかと感じています。
そうじゃなかったら、あんなに簡単に世の中で戦争や紛争が起きるはずがないと思います。
その中で、子育て中だとよりリアルに「自分もやってしまうかもしれない」と思えるのが、子供の虐待なんだと思います。
気になるのは、介護に疲れて家族を手にかけてしまったケースよりも、子供の虐待の方が糾弾されているなということです。子育ては、辛くても当たり前にこなせるものと思われているように感じます。

 

 

3歳男児がいます。
虐待のニュースを聞くのは辛いです。
そして、自分がいつそうなるのか、怖いです。

子供に手を出すことは殆どないのですが、小さな事でイライラして、怒ってしまいます。
そしてそれを引きずって、不機嫌なまま、ずっと対応。能面になって、最低限しか反応しない。
精神的虐待だと思います。

子供は無邪気に笑ってくれるのに、笑えない。うまく、対応できない。

寝てる子にごめんね、と謝ります。

もともとひとりの時間を過ごすのが好きなのと、子供はあまり好きではなかったせいもあり、子供と2人でいる時間はとても疲れてしまいます。

なんとか自分の機嫌を良くしようと思って、ちょっと美味しいものとか買ってみても、あまり気分転換にはならず。
いまは別の物を模索中です。

早く子供と笑って向き合えるようになりたいと思っています。

自分の事ばかりですみません。周りの人に言うことができず、吐露という言葉に、思わず書き殴ってしまいました。

 

 

私は、子供がまだ一人だった頃、うつ状態でした。と、いってもその頃は、うつだとも気づいてませんでした。
思い通りにならない子供をたたいたり、蹴ったりしてました。だから、こういう事件が起きると私も一歩間違えばそういう風になってたかも。と、心が痛いです。
二人目ができ、なぜかそれが余裕につながり、仕事を始めたらもっと自分を外から見つめれるようになり、子供にこの間、抱きしめながら謝りました。子供は、いいよって、笑顔で言ってくれたのですが、切ないです。子供の心に傷をつけたままになってるんじゃないかって。子育てしながら、償っていこうと思います。

 

ゆあちゃんのニュースは、心が痛くて苦しくて見てられません。それはきっと私にも心当たりがあるから。
大人の都合だけで怒鳴ったり、怒ったりしたことがあるから。
虐待された事実だけがニュースで流れてたらきっとここまでの気持ちにはならなかった。
5才のゆあちゃんのメモが全てを物語っていて、子を持つ親として直視できないです。
私がうるさい!ちょっと静かにしてなさい!と怒鳴った時、息子がなにも言わず机の下にもぐり黙ってたとき。ゆあちゃんと同じ気持ちにさせてたのかもしれない。
ごめんなさい、もう静かにするからお母さんこっち向いてっ
て思ってたのかもしれないと思うと罪悪感でいっぱいです。

きっと今までたくさんそんな思いさせていたと思う、自分も同じだと感じました。

 

 

この事件、ゆあちゃんがどんな気持ちで反省文を書いたかと思うと悲しくて涙が出ます。
・行き過ぎた教育というか、もはや虐待(朝四時からのひらがな練習、あそぶのはあほなこと)
・夫婦の力関係(黙認するしかなかった母)
・継父の実子と養子の極端な差別

そんな視点から見ても、
自分とは無関係と思いたいところですが、
子供を疎ましいと思った事はありますし、怒鳴ったり手が出たこともありす。そういった不適切な対応、という意味では同類だなのだと思います。

約1年前から佳織先生のブログを読み始め、半年前からミューレに入会し、先生の子供への接し方を見てきました。そして、本を読んで勉強するようになりました。一つ一つ立ち止まって自分で考える様になりました。自分の育児への姿勢が明らかに変わりました。
ママ友の意見にいちいちブレなくなりました。子育てに大切なこと少しづつですが分かってきました。
まだまだ自分自身未熟ですし、子育て難航中です。
何でこんなに反発するんだろう、
幼稚園ではおりこうさん私の前では問題児、
いつもレッスン荒らしまくって申し訳ありません 
上と下同じ様に育ててるのに何でこんなに違うんだろう。。。
まだこの先難題が次々にやってくるんですよね。
想像すると恐ろしいですが、この修行、諦めず、放り出さず、やり遂げたいです。

毎朝メルマガありがとうございます!!

 

 

0年ほど前のまだ自分が独身の頃、たまたま見ていたテレビで虐待のニュースが流れ、一緒に見ていた人に「ひどい話だね…。自分は絶対にそんなことしないけど…だけど…気持ちが分からないでもない。」って言ったら、ドン引きされました💦
慌てて弁解したけれど、自分はしないと前置きしたうえで発した「分からないでもない」という言葉が、こんなにも人とずれている感覚なんだと知り、それ以来、思っても言わないようにしました。

一人目の子供が生まれて、かわいいけれど、かわいく思えない時も多く、どうして私はこうなんだろうと悩みました。

ドン引きされた経験から、私みたいな人間はごく少数派で、「かわいいと思えない時が多い」なんて言ってはいけないことだと思っていたので、悩みました。

3歳児検診の質問で【どちらとも言えない】に○をして網に引っ掛かり、そういう親と子供が行くサークルみたいなものを紹介してもらいました。
そこで私みたいな人が他にもたくさんいることを知りました。

それから数年後、ご縁があって音楽教室ミューレを紹介してもらい、今もずっと保護者として関わらせてもらっています。

今はその一人目の子も、二人目も可愛くて仕方ありません。

私はそのままの自分と、そのままの子供を受け入れられるようになってから、それまでよりは楽に生きられるようになりました。

おたよりのお母さんの不安が、少しずつでも和らぎますように…。

 

このニュースを目にするのが私も怖いし、痛いです。

3歳になる息子がいますが、現在シングルで育てているので、今回のケースはいろんな視点で感じ取れてしまい、このニュース自体触れたくないな…と思う自分もいます。

いい、悪いで判断出来ないそんな感覚です。もちろん悪いことなのですが、、、。
子育てを核家族ですること自体がもうムリなんだな、と思います。親自体が弱者(経済的、精神的)だと、結局はもっと弱者の子供にしわ寄せがいってしまう。

私は息子と2人暮らしなので、私がキレたら誰も止めてくれる人がいないんだ…と思うといつかやってしまうんではないのか…と不安です。

もちろん、今回のような父親を連れてきてしまうことも…。

 

 

わかります。
この子の両親はどんな人生を歩んできてこのような事になってしまったのだろう、子供にキレる私と何が違うのかな、って思います。

 

 

痛ましい虐待について、私も含めて皆さん一度は、我が子を疎ましく思ったり、捨てたくなったり、虐待しそうになるかもと不安を抱えたことがあると思います。
核家族で、赤ちゃんや子どもと触れあう機会も日常にないまま、出産し手探りで育児を始める。
これといった育児学みたいなものもなく、1人で作り上げないといけない。

皆不安定になって当然だと思います。

ただ、母になった以上、そういう気持ちを何とか消化し、乗り越えていくべきだと思うのです。
私も娘にぶちギレそうになること何回も経て、その度に泣いて反省して、最近ようやく一つ山を乗り越えることができたと思います。
乗り越えたと思えたことで、自分が母として、人間として成長したなと、自信になりました。

母親が育児の問題を乗り越える人になるために、何が一番大切だと思いますか?

これは子育てにもダイレクトに通じてくると思います。

 

 

私も虐待だろうと思います。
私がこの子達の母親でなければ、子供達はもっと幸せだったかもしれないと何度も泣きながら思った事があります。
幼稚園へ行く前の朝のバタバタの中、起こしてもなかなか起きず、朝ごはを食べるのも遅く毎朝イライラして、自分でもどうかしてると思うくらい怒れて子供達に怒鳴ってしまい、ひどい時には頬を叩いたり…
私は不妊治療でようやく1人授かり2人授かれたのに、こんな事をして本当に最低だと思います。
自分でもこれではだめだと思い、周りのママさん達に相談し、やり方を変え最近はほとんど朝は怒らなくなりましたが、違う場面で怒れた時に、たまに手が出たり、脅し文句が出たりしてしまいます…。
自分自身が未熟で情けないです。
変わりたい自分がいてもなかなか変える事ができず苦しいです。

 

私はあのニュースを知ってから 毎日ふとした瞬間に思い出し 悲しく辛くなります。 初めは結愛ちゃんの苦しさを思い 本当にやるせない気持ちになりました。日が経つにつれて 今度は母親の気持ちを思うようになりました。きっと昔は優しいお母さんだったんじゃないか...。20歳で出産し5歳まで育てる...簡単なことじゃなく 苦労したんだと思うんです。周りの大人はいなかったのか 何をしていたのか 救える人がいただろうに...。 遠くの全く知らない人の話だけど すごく心が痛いです。浜松にはそんな人いないかな?周りにはそんな悩んでる人いないかな? そんな心配ばかりが毎日頭を過ります。

幸いか 私自身は加害者になってしまうのではないか、といった不安はあまりありません。子育てに苦労は付き物で 悩みだってありますが それが虐待の理由になるとは全く考えられません。親の性格の違い?生活環境?何がその分かれ目なのか。
 
1人で抱え込まなければ 絶対そんなこと起きないと思います。甘いでしょうか。

 

 

わたしの感想ですが、ゆあちゃんのお母さんの自立の問題であるようにも思いました。ゆあちゃんは以前幼稚園に通っていたのを見ると、お母さんは専業主婦かなと想像しました。
もしも、ゆあちゃんのお母さんが再婚した夫に逆らって別れを言われても、生きていける自信があれば、ゆあちゃんを救えたのかもしれない、と思いました。

やはり、女性は仕事をして社会と関わり続けることが大切であると思いました。

細かいことでは児童相談所の問題はあるかもしれない。
しかし、それ以前に女性の自立が深く関わっていると思いました。

 

 

虐待をしてしまっているんじゃないかという恐怖、 将来、こんな子に育ってしまうのではという恐怖。 虐待と新幹線殺傷事件で思う。

 

ゆあちゃんのニュース、わたしも先生と同じです。両親のことを糾弾する意見を聞いて、(もちろん、ゆあちゃんのことがかわいそうで、許されることでは無いと思うけれど)5歳まで育ててきたことを考えると、周りからの親がしっかり育てるべき視線に苦しんだのでは?とか父親がいいおとうさんにならなければと思っていたのでは?とか、まだお母さん5歳、お父さん2歳だったのでは?とか思って、両親を100%責められません。糾弾するコメントに耐えられずにチャンネルを変えたりしています。子供を持った直後から、立派な親像が求められている気がして。自分の子育ての言い訳をしているような気持ちになります。

余裕があったり、誰かが近くにいたりすれば、そんなことはないけれど、密室の家の中で、体調が悪い時など自分一人で長女次女の相手をし、早く寝かさなきゃと思えば思うほど、子供達は思うようにいかず、怒りになって大声をだして怒ってしまうってことがわたしもあります。子供達には逃げ道が無いのもわかっていて、日頃から子供達をジーッと待ってあげたい、そうするにはどうしたらいいのだろうと思っているのにです。

人のうちの子には許せることが、自分の子だと許せないんです。自分の一部化してしまうような感覚です。そして、我が子の結果=親のしてきたことと言われている感じが自分の子育てを苦しめているのかもしれません。先生のメッセージを読み続けることで、そんな風に洗脳されそうになる自分を、必死でこどもに生きる力をつけるんだ!と言い聞かせているような気がします。

 

 

寝てくれない、泣いてばかり、癇癪がひどい、普通の精神状態ではなくなっていたわたしは何度子どもと一緒に無理心中しようかと思ったか。。日々が辛くてとにかく逃げること(死ぬことしか選択肢がなかった)しか考えていなかったです。

望んで産んだのに、いとおしくて産まれてきたのに、なぜ虐待に近いことをしてしまうのか、毎日自分を責めてはこれではいけないと思いつつも同じことを繰り返していました

 

 

わたしが解説するまでもなく、みなさんのご意見の中に大切なことが全部詰まっていると思いました。

もう子育ても終わりに近づいているわたしが思うことは、やっぱり、あの頃の自分はおかしかったってことです。

自分で自分のことを恐ろしく感じているお母さんもたくさんいますが、あなたは虐待する人ではありません。それがあなたの本質ではないし、本当の姿でもない。

なぜおかしくなっていたかは、もう、いろんな理由すぎてわかりません。

とにかく、余裕がなかったと思います。しんどかった。

 

だけど、「自分がおかしくなっている」ということを、いちばん認めたくないのは、他でもない、自分だったと思います。

 

「違う、目の前の子は可愛いんだ、わたしは可愛いって思ってる。笑顔に幸せをもらってるし、一緒に遊んで楽しいんだ」って。 

 

当時の自分に会ったら、ひとことだけ、こう言いたい。

 

逃げろ。

 

 逃げるにはいろいろあります。

子供を置いて出て行け、という意味ではなく、とにかく、今の環境を変えなさい、と。

自分のがんばりが足りない、と思うには、消耗しすぎてる。
まず、体力をつけるために、心を正常運転にするために、休め、と。

 

ひとつ、また夢ができました。

もう少し年を取って、今ほどリトミックのレッスンができなくなったら、わたしは、「お母さんとお父さんのための子育て支援施設」を作りたいです。

今ある子育て支援施設は、「子どもが中心」ですよね。子どもを遊ばせるためにみんな来てるから、親も子どものために時間を使ったり一緒に遊んだりしないといけない。それが楽しい人はそれでいいと思います。

 

でも、わたしのメルマガを熱心に毎日読んで、子育てに向き合っていて、それでもなお、自分が虐待をしてしまうんじゃないかという不安を抱えている方に必要な施設は、「親のための施設」なんじゃないかと思うのです。

 

わたしが考えるのは、こんな施設です。

 

子どもたちは危険のない広いホールで自由に遊べます。
いろんな子どもたちと遊んでいるのが好きな方たちがそのホールで見ててくれてます。

お料理が好きな方たちが、簡単な昼食を一緒に作ります。好きだから楽しくできます。もしかしたら、それを手伝いたい子も一緒にやっているかもしれません。

誰もやりたい人がいなかったら、職員がおにぎりを作ってあげるか、近所の仕出し弁当を買ってもいいし、パンの移動販売に来てもらってもいいし、家から持って来てもいいです。

 

読書が好きな人は読書を、ネットを見たい人はネットを、家の事務仕事を片付けてしまいたい人は持って来てやります。パソコンで締め切り前の仕事を片付ける人もいるかもしれません。

 

出張で、美容師さんが髪をカットしてくれたり、まともにゆっくり洗っていない髪をシャンプーしてくれたり、アロママッサージに来てくれたり、それは予約制で利用できます。

 

ホールより少し小さい部屋があって、そこでは、リトミックや絵本読み聞かせなどの子ども向けプログラム、ヨガやコーラスなど親が参加できるプログラムがあり、やりたい人は自由に参加できます。スポーツクラブみたいに。

 

中には、「もう休んだほうがいいよ」っていうくらい、辛くていっぱいいっぱいの人がいます。いくつか防音で真っ暗になるカプセルみたいなお部屋があって、そこで眠ることができます。

 

この施設にお世話になった卒業生の親たちが、自分にできることで恩返ししてくれます。修繕してくれたり、子どもを見てくれてたり。

 

何も決まったことはなくて、ただ、人の良心で成り立っている。できる人ができることをやり、変な当番とか役員とかもなくて、ずっと助けられっぱなしの人がいてもいい。

でも、誰もお客さんじゃなくて、「誰かといっしょに育てたら育てられる」という希望と主体性を持って、関わり合う。

 

ただ、家の中でひとりでやっていることを、同じ立場の人同士で助け合う。なんの縛りもなくて、自由。

 

 

そうです、ミューレの大人版みたいな施設を、いつか作りたい。

 

 

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6/24(日)、来週に迫った講演会の詳細はこちらです。

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講演会【ひっぱりだこの子どもに育てる!〜企業に求められる人材とは〜】

生きる力をつける親の会主催 講演会
【ひっぱりだこの子どもに育てる!〜企業に求められる人材とは〜】

 

「ぜひ君に働いてほしい!」
「あの新人、できるなぁ!ぜひうちの部署に来てほしい!」

あなたのお子さんが就職して、こんな風に言われて働けたら、幸せなことですよね。
企業であれ個人事業であれ、求められる人材にはいくつかの共通した特徴があります。

今回の「生きる力をつける親の会」講座は、ローランド株式会社社長、三木純一氏をゲストにお迎えし、「ひっぱりだこの子どもに育てる!〜企業に求められる人材とは〜」というテーマでお話します。

三木氏から語られる人材の特徴に対し、0才から大人になるまで子育てを見つめ続けた経験から、坪井が「どう育てたらいいのか」語ります。

今回は、ぜひ、多くのお父さんに聞いていただきたい内容です。

 

◆開催日時 2018年6月24日(日) 13:00開場/13:30開演~15:30終演予定
◆場所   浜北総合体育館(グリーンアリーナ) 第二会議室(駐車場あり)


◆定員   50名
◆講師   生きる力をつける親の会代表 坪井佳織

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音楽教室ミューレ主宰。おさんぽリトミック/生きる力をつける親の会/ダルクローズ・リトミック浜松研究会代表。ローランド(株)勤務を経て、音楽教室を立ち上げ、現在、リトミックを中心に0才から大人まで、のべ150名の生徒が通う。自主活動から浜松市子育て支援事業に発展させた「おさんぽリトミックは、毎回200組を超える親子が参加。2才の子が大学生になるまでの子育てに伴走、自分の判断で動ける子を育て上げた経験を生かし、「生きる力をつける親の会」無料LINEメルマガを毎日配信。


◆ゲスト  三木純一氏(ローランド株式会社取締役社長)

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ローランド株式会社代表取締役社長。
1977年ローランド株式会社入社以来、電子楽器開発のエンジニア、開発リーダーなどを歴任。業務内容が変わるたびに徹底した研究・調査に基づき、いかにして役割を果たすか試行錯誤と実行を繰り返した。2013年4月、同社代表取締役社長に就任。国内外あわせて2,000名を超える社員を統括する立場から、グローバルな視点での教育問題にも関心を寄せる。

 

◆お申し込み方法

◇クレジット決済はこちらから

coubic.com

 

◇現金支払い(音楽教室ミューレまたはおさんぽリトミック受付で1週間以内にお支払いください)はこちらから

goo.gl

 

◆キャンセルポリシー

いかなる場合もキャンセル・返金は受付できません。ご了承ください。

新中学生に贈る言葉

今年、わたしの教室では7名の小6が中学校に入学しました。

 

多くの子が幼少期からミューレに通っています。

 

そこで、中1の子たちを集めて、こんな話をしました。

 

「あなたたちは、いつ、なぜミューレに入ったのか、記憶にもないでしょう。

 

だから、もしかしたらつまづいたときに「お母さんが勝手に入れた」なんていう文句を言ったことがあるかもしれないね。

 

きっかけはそうだったかもしれないけど、中学でも高校でもミューレを続ける子は、どこかのタイミングで「自分がやりたい」という気持ちに変わってるはずなんだよね。

 

それは正直に自分の気持ちに向き合ったらわかるでしょう。

 

今も「親が勝手に」って思ってるなら、それはもう辞めた方がいい。

 

というか、そんなんなら辞めて。

 

これからはね、「自分がどうしたいか」ということが本当に重要だし、それに従って人生の選択をして生きていくんだよ。

 

学校や先生や親がやれと言うからやらなくてはいけないこともある、と思うかもしれないけど、そういうことにも、必ず自分の意思を入れて生きていかないと、面倒くさいことだからあっという間にできなくなるんだよ。

 

そうすると、「やりたい」「欲しい」と言ったってすぐ「ダメ」って言われる、と思うでしょう。

 

親が「ダメ!」って言うときって、どんなときだと思う?」

 

 

みなさんもぜひ考えてみてください。

 

 

子どもたちが答えたのはこんなことでした。

 

 

「前にも似たようなことがあって、すぐに飽きたから」

 

「約束を守らなかったから」

 

「せっかく買ってもらったのに無駄にしたから」

 

「高すぎるから」

 

すばらしい正論ですね。

そこでわたしは、こんなことを言いました。

 

「うん、たぶん、それはとても納得いく答えだし、あなたたちのお父さんお母さんに聞いてもそういうことを言うと思う。

 

だけどね、先生も親だから、自分が親として正直に言うけどね、もっとも多い理由は、

 

”ただただ、自分の機嫌が悪かったから”」

 

ここで子どもたちは、表情がふぅっとほぐれて笑いながら、大きく、大きくうなづきました。

 

13歳の子どもたちは、「親が間違ったことをするはずがない」という建前を、薄々、「違うんじゃないか?」と気づき始めています。

 

でも、まだ「まさか」という気持ちの方が強い子が多いです。(中には完全に諦めている子もいますが)

 

「いつも正しくいられたらいいんだけど、親も人間だから、10年以上も一緒にいると慣れちゃってさ、よく聞く前に「ダメ!」って言っちゃってることの方が多いんだよ、残念ながら。

 

中学に入ったら、もうそろそろ、そういう親と付き合う方法を編み出す必要があるわけ。

 

それでね、自分が何かやりたいことや欲しいものがあったら、決して諦めず、10回は言い張りなさい。

 

どんなに嫌がられて、鬱陶しがられても、自分を諦めたらいかん。

 

いい?

 

あなたたちは子どもなんだから、諦める必要は全くない。

 

思いっきりわがままでいればいいんだよ。

 

これは保証するけど、あなたたちの親は、心の底から、子どもの意思を尊重して幸せになってほしいと思ってる。(ですよね?)

 

10回のうち9回は残念ながらたまたま機嫌が悪いだけだから。

 

「しつこい!」って言われても、泣いたり怒ったりしてもいいから、「あのね、お母さん!聞いて!」って言い張りなさい。

 

「またどうせ」って思ってても、さすがに10回呼び止められたら、ようやく「ん?なんだって?」って内容をちゃんと聞こうと思えるから。

 

その結果、聞いてもらえるかどうかは分からないけど、とにかく、10回言い張ることが、あなたたちを強くするから。

 

自分のために、絶対に諦めないこと。

 

13歳で諦めてたら、本当につまらん大人になってしまうから、練習だと思って頑張りなさい」

 

 

なぜ10回も言わせるかというと、それだけ「子どもとの議論」を重視して時間を取る親が少ないからです。

誰もが重要

クワイヤクラスが地元のイベントに出演しました。

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リハなしぶっつけ本番で、ヒヤヒヤしましたが、子どもたちはトラブルにもめげず、しっかり対応できました。

 

それは前日夜のこと。

 

ある曲で4名の子が鍵盤ハーモニカを弾く演出がありました。いつものように、特に段取りも決めずにいたところ、中学生が鍵盤ハーモニカを持って帰っているのを見たAちゃん(小6)が、「あれっ?Yちゃん(小6)、鍵盤ハーモニカ持って行ったかなぁ・・・?機材庫、見て来た方がいいのかなぁ・・・」と気づきました。

すると、いつものように鍵盤ハーモニカを機材庫に仕舞ってあるのを見つけました。

 

それで、AちゃんはYちゃんの鍵盤ハーモニカと、念のため、予備として、出演しないMちゃんの鍵盤ハーモニカも持って帰ることにしました。

 

Aちゃんは鍵盤ハーモニカを弾きません。Hちゃんのお母さんに「Yちゃんのお母さんに、わたしが持ってるってメールしてください」とお願いもしました。

わたしは、追加で「怒ったらだめだよby佳織先生、っていうのも送っておいて!」と頼みました。

 

当日、わたしが気付いた時には「すっかり忘れてた!」というYちゃんに、ちゃんと鍵盤ハーモニカが渡っていました。

出演が終わると、予備のMちゃんの鍵盤ハーモニカは「次に会う時に持っていきます」と、またAちゃんが持って帰りました。

 

鍵盤ハーモニカを弾くパートは、一般に言ったら花形というか、目立つパートかもしれません。でも、子どもたちが見ているのは、「誰がどうか」ということではなく、「最終形が何か」ということです。全員が当事者として、そこに向かって何が必要か考えているから、誰かのせいにもならず、誰かの抜けも誰かがフォローして何とかします。

 

今回は、秋に入った園児たちが初めての出演でした。その子たちにどんなフォローが必要かも自分たちで考え、臨機応変に行動しました。その姿を見ているので、園児たちも安心して出演することができます。「ひとりじゃない」ということが分かるからではないかと思います。

ならいごとを120%活かす方法 音声と動画販売

【ならいごとを120%活かす方法】

動画と音声を販売いたします。

 

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oyanokai.thebase.in

 

2018年2月23日に行われた【ならいごとを120%活かす方法】動画と音声mp3です。
昼の部全編と夜の部の質疑応答、全部含めて3時間10分収録されています。

動画と音声は同じ内容です。

BASEというショップアプリを利用しています。

音声データはスマホタブレット端末では正常にダウンロードできない場合があります。動画を見ることはできます。

 

こちらでサンプルを見ることができます。

https://youtu.be/1LfxQes3daw

 

**注意**


◯音声は、購入後のメールに記載されたダウンロード方法にしたがってダウンロードしてください。72時間が期限ですので、お気をつけください。

◯動画は、ご購入後、メールにてお知らせいたします。受信拒否を解除、および、URLが記載されていても迷惑メールにいかないように設定してください。
3日以上メールが届かない場合には、受信エラーの可能性がございます。
ikiru.oyanokai@gmail.comにご連絡ください。

◯3時間程度の動画をYouTubeで見ていただきます。充分なデータ通信容量がある場所(WiFi環境など)でご覧ください。

 

**よくある質問**

Q 質疑応答の質問の声が聞き取りにくい

A ヘッドホンで聞いてみてください。

 

Q メールアドレスを入力するとエラーが出ます。

A 以下のページをご覧ください。

エラーについて – BASE

 

Q エラーになり購入できません。

A PAY IDを登録しない場合は、「利用規約に同意してPAY IDに登録」のチェックを外してご購入ください。

 

Q PAY IDとは何ですか?ゲストとどう違いますか?

A 以下のページをご覧ください。「生きる力をつける親の会」としては、登録してもしなくても関係ありません。

PAY IDについて – BASE

 

**感想をいただきました**

人と比べてではなくてその子の成長を見てあげる、習い事は好きなことを伸ばす、

言われてみればもっともだと思うことに気付かされたり、
泣いて行きたがらない時は5分黙る!
なんて、ママ友も、幼稚園の先生も、誰も教えてくれないこと、と言うか、佳織先生のお話を聞いた人しかしらないこと、でも知っていると、そんな時も冷静でいられる。
とてもありがたいお話がいっぱい詰まった2時間でした。
そして最後の、たかが週1時間!あははは!と佳織先生の明るい笑い声に、もっと力を抜いて考えてもいいかな!と思えました。

また改めて聞いてみたいなと思います(^^)

 ありがとうございます♪

ならいごとを120%活かす方法 アンケート結果

【ならいごとを120%活かす方法】

 

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  • 知らなかったことばかりだったので参加してよかったです。今後、悩むだろうな…と感じていたことをズバリ話していただけたので。
  • いつも通り、学びの多い時間でした。
  • 親として大切な視点をいつも気づかせてくれるので。
  • 文章では伝わらないことがたくさんあった。
  • 先生の経験を含めて、ママの視点、先生の視点の両方のお話を聞けたのでおもしろかったです。
  • いつも満足です。
  • 最後まで聞くことができなかったので(やや満足)
  • 先生目線から母親目線から、自分が疑問に思っていたことがはっきりしたこともありました。
  • 2時間あっという間。意見を押し付けられたり、自分のやっていることを否定されることなく心地よく、その中で自分だけでは見つけ出せない経験からのお言葉、お話をきけてとても満足な時間でした。
  • 目からうろこな話ばかりでした。いろいろ、たくさん心に残る話がありましたが、特に「先生を信じて先生の好きなようにやってもらう」っていうことが、なるほど!と思いました。良い先生のもとで、そのようにしていきたいと思いました。
  • 子どもの視点に立った考え方をたくさん知ることができた。
  • とても楽しかったです。終始、興味深く聞くことができました。
  • ならいごとは子どもがするものだけど、それ以上に、親の心持ち、スタンスがとても大事だということ。それが子どもに与える影響がとても大きいということを学びました。
  • これからならいごとを考えているので、どうしたら良いか?タイミングなどを思っていたので聞けてよかった。自分では決められないので、良い判断材料になりました。
  • ならいごとに関して、今の現状を少し見直してみようと思った。ならいごとだけでなく、これからの子育てにプラスのことがたくさん聞けた。
  • 今まで自分の頭の中になかった考え方をいくつか提示してもらえたので、いろいろな気づきがありました。
  • 子どもが小さい(2才)ので、今後のならいごとや好きなことを伸ばすのに参考になりました。自分の考えを持ちたいと思いました。
  • 子どもがまだ2才と小さいですが、このタイミングでならいごとの話を聞けてよかったです。
  • ならいごとは0才からでもたくさんの種類があるし、周りもやっている人が多いので悩んでいました。どんな気持ちで通っていけばいいのかよくわかりました。
  • 自分の考えていたことは間違っていなかったなと自信がついたところもあり、先生目線ではそうかと気づかされたり。坪井先生の声が好きなので、聞けてそれだけでもよかったです。
  • 速報アンケートを読んでしまったから、わくわく感が減った。(佳織:そ、それは失礼しました!!
  • 予想していたことも多くあったけれど、自分で探したり研究したりせず結果だけ教えてもらえたこともありました。
  • 自分の中の概念を全てとっぱらってくれました!
  • 子育てにおいてもならいごとにおいても子どもを観察する、自分に自信を持つこと、ブレない軸を再認識できた。
  • なるほどーと思いました。
  • 先生のお話が参考になり、お母さん方の話も聞けたのがよかった。子育てをまじめに話ができるのがすごくよい。
  • 他では聞けない佳織先生ならではの話を聞くことができたからです。
  • もりだくさんの内容でした。
  • 家に帰ってからもまだいろいろ考えなきゃならないのですが、子どもの観察をもっとしようと思った。してるつもりだったけど足りてなさに気づいた。
  • 自分とは違う視点の話が聞けたこと(特に先生からの視点でNGな親の言動等)
  • 今やっているならいごとに対してなんとも言えない「いいのかな」という漠然とした不安があって、それは何なのかが見えて来た気がするから。これからならいごとをさせるときの親のあり方を学ぶことができ、自分でもできそうな気がしたから。
  • ボヤーッと考えていたことを言葉にしてくれていた感じでした。先生と仲良くなるとか、信頼していたら文句言わないとか、そうボヤーッと捉えてはいたけど、こんなにハッキリ言ってくださって何だかスッキリ。
  • 親という立場と自分の仕事の立場で聞いていたので、入ってくることと落ちないものがあった。

 

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  • 先生はプロの目。親はアマチュアの目。できないことを自覚させてはいけない。
  • セサミストリートが作られた経緯。子どもがDVDに食いつくのも当たり前だなと思いました。
  • 子どもが嫌がったときは5分待ってみようと思った。
  • 親としての関わり方。同じ教室でも先生の見極め方。
  • 先生の方も親と仲良くなりたいと思ってたこと。体験レッスンの受け方はとても参考になりました。
  • ならいごとのお金の考え方。金額についてまだ考えたことがなかった。その他もちろんいろいろ・・・書ききれませんが。
  • 良い教室、良い先生を見極めるポイント。教育、カリキュラムに捉われないようにしたいです。
  • 先生を信頼する。好きにさせてと言う態度を持つ。
  • あれもこれも詰め込まず、好きなものを伸ばしていく。
  • 先生の思い。ならいごとをするにあたって、どこを見極めるかについて。
  • 子どもを伸ばすために必要なこと。自分自身の見極めを信じること=子どもを信じることにつながるのかなと思いました。
  • まず教育費が急に増えること。とても驚いたけど、先に決めてしまうのはなるほど!と思いました。
  • DVD、ふろく付き教材の危険さ→人間関係構築に足を引っぱることにつながるとは・・・。今日気づくことができて本当によかったです。
  • 子どもが積極的に参加せずイライラ・・・対処法
  • 行きたくないと言い出したときの受け止め方
  • 初めて知ったというか「そうだよなー」とハッとさせられることがたくさんありました。
  • 賢くて意欲のある子は何もやらなくていい・・・できるからこそ、もっとやらせてあげたいと思っていたので。
  • 先生に余分なことは言わない。
  • 体験レッスンの受け方。→親の責任で教室に入れる。
  • 教える立場の人の考えなど。
  • ならいごとは好きなことを伸ばすもの、できないことをできるようにするものと思っていました。ならいごとは「ただならいごと1時間」だけでなく、子どもの性格や親も鍛えられるものだと感じました。
  • セサミストリートがどうしてできたか?」という本を読んでみたいと思いました。教室の選び方が今後の参考になりました。9歳以降が反復練習が身につくというのも初めて知りました。
  • 佳織先生の分析力。しまじろうの教材のマーケティングの追求はすごいな、と思います。
  • 伸びる子の親は、選んだ自分に自信があるということ。
  • 教室(ならいごと)にも「共にタッグを組んで」という世界があるということを知った。
  • セサミストリートの件。無料ならいごとの話。
  • セサミストリートができた経緯
  • セサミストリートのこと。意図的に作られたものだったこと。伸びる子の話。
  • 体験レッスンの受け方はとてもためになりました。今まで自分の見ているところとは違うところをこれから見ていこうと思います。
  • 自分が決心できないことを子どもにゆだねてはいけない、ということ。18才直前から急にお金がかかるということ。DVDに人付き合いを行う上で必要なマニュアルが入っている、それが悪影響を与えることもある、ということ。
  • 先生の選び方。国レベルで考えるということ。
  • 幼児教材の仕組み。親の都合で習いごとをやめさせることの悪影響。先生と仲良くなる方法。
  • 先生に信頼を伝えることで、任せてもらうことで最大限の学びを子どもが受けることができる。月謝高い、やり方に口を出す等、先生に言わないことの理由が、先生目線から聞けた。
  • 大学1年間に300万必要ってこと!!
  • いい教室として保つために高額月謝を払うという考え方。
  • セサミストリート。「行きたくない」・・・5分間あげる。
  • 先生の立場からの意見。困る親。教室を親も一緒に作っていくということ。
  • たくさんあるのですが、先生の立場からの意見が聞けたことがわかりやすく納得できました。
  • セサミストリートが生まれた理由!先生と仲良くなるための具体的な方法(先生を信頼していることを伝える手段)
  • 伸びる家庭の決定的に違うことはコレ!のお話を聞いて、こういうご家庭はとても潤いのあるいい毎日を過ごしているような絵が浮かびました。

 

今後の子育てに活かせそうですか?それはどんなことですか?

  • 自分に自信が持てること、安定していること、ブレないことが子どもには大事。
  • 子どもの立場に立って考えることが今までよりもできるようになりそうです。
  • 子どもに対する態度
  • 要観察!!どんなことが好きなのか?ならいごとにこだわらず、子どもを見ていてあげたいと思いました。
  • 子どもをじっくり見て、口ばかり出さないように。ならいごとも先生の良さをしっかり見極めたいです。
  • 子ども目線を忘れがちですが、それを心にとめて接していきたい。
  • 好きなことを伸ばしてあげる。いつも関心を持ち続けてあげる。
  • 子どもをよく見て、子どもの視点や、この子がどういう子かっていうのを、もっと理解しないとと思いました。
  • 自分の決定に自信を持つ。とにかく何でもかんでも不安になってしまうところがあって、常に不安を抱えているところから抜け出したいのに抜け出せない、自分にいつも劣等感を持ってしまっている自分から脱却したい!!!!!
  • スーパーポジティブに育てる!ことの大切さ。苦手なことも気づかないフリ。好きなものを伸ばしたら、他のものもついて伸びていくかも?ということ。
  • 見守ることなど、親がやらなくてはいけないことが気づけました。
  • どうしてもできないことに目がいきがちだけど、小さなことでも、成長をしっかり見ていこうと思いました。子どもをしっかり見る。周りに惑わされない。(←とても難しいですが)
  • 体験に行った時にどんなことをするかがとてもよかった。何を見るか、誰を見るか。
  • 周りに流されそうだったので、自分の考えに自信を持てました!
  • 子どもの「好き」をよく観察すること。そこを伸ばす視点を持つこと。ならいごとは絞り込んだ方が「好き」なことが伸びる。
  • 子どもと自分は違う生き物。分身ではないので、自分の方針を押し付けない。
  • 先生との接し方。ちょっとたくさん期待しすぎたかな。弱音吐いたことをすぐ言わないとか(しつけとか立ち居振る舞いとか・・・)
  • 子どものせいにしない。
  • 待つこと。観察すること。楽しむこと。自信を持って選択する。
  • 私自身の自信。もっともっと子どもと先生を信じようと確信しました。
  • 先生に任せるということ。園や学校でも「好きにしてください」と伝えておいた方がいいなと思います。
  • 家で先生や教室に関してのポジティブな会話を今後もたくさんしていこうと思いました。なんとなくしていた会話が子どものモチベーションにつながっているとは初めて知りました。
  • ならいごとの絞り方
  • 子どもばかりを見ていたけれど、少し自分を見つめて自分の考え方ややり方を変えてみることで、少し変化が出てくるかなと思いました。
  • 親が自信を持つこと。もう少し子どものやりたいようにさせる。←けっこう難しい。
  • よく子どもを観察すること
  • 親が視野を広げて別の視点から考えられること
  • 子どもをしっかりと観察するということ。→今までの枠組みを外す
  • 苦手なものを無理に克服させようとしない。ダメ認定しない、気づかないフリをしてあげる。
  • 信頼できる先生に思い切り任せるという話で、親以外の教育者の方にしっかり関わっていただく大切さを改めて感じました。
  • ならいごとは親が決める。見極める目を持つこと。ブレない親の姿が、子どもを伸ばすことに繋がるということ。
  • 自分の子が大学に行くときの覚悟ができました。先生のようにいさぎよく、まずどこでも行っていいよ、と決めて伝えてあげられるようでありたいと思います。
  • のびのびと、子どもがやりたいことをそのまま放っておく。あれこれ細かいことを言わない方が良いと分かっているのにやっちゃってたなーと反省。ポジティブな見方で子どもを見つめる。
  • 子どもをよく見る大切さ。親の軸がブレない自信を持つこと(キャパを知る)
  • 全部です。
  • しまじろうが良くないという理由。「人付き合いのマニュアルを実際経験して学ぶ前に教えてしまっている」というお話、ハッとさせられました。トラブルを未然に防ぐことが良いと思い込んでいました。
  • 子どもの好きなものを伸ばそう。体験レッスンは親のため。苦手なものを少しでも・・・というのは親心。
  • はい。すごく活かせそうです。もう少し子どもをよく観察しようと思います。

 

 

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  • 自分の生活や子育てと話を聞きながら比較することができた。
  • 同じ内容でも、実際に顔と顔を合わせて、お話を聞いた方が心に残ると思います。
  • まず空気。文字では伝わらないものがあります。文字では読んだときの感情などもあるので、先生が書いた気持ちが伝わらないと思う。
  • 話している人顔を見て、表情を見て、間合いがある中で話を聞いた方がリアリティーがあり、やはり届くものが多いと思う。
  • 先生の話し方、ニュアンスを感じ取れるので、実際に聞く方がよいです。先生と共有できる時間がうれしいです。
  • 心に入ります!!文章が入らないわけではありませんが生の集中力は格別です。
  • 頭に入りやすい。
  • 文章だけでは伝わらないこと、先生の気持ちもよく伝わって、わかりやすい。
  • 先生の声を直接聞くことができるので、実際に聞く方が自分の「聞きたい!」気持ちが強くなります。
  • 先生の人柄が伝わった。
  • 文章は読んだ感じになる。あとでもう一回読もうと思っていても保存してるという安心感からその機会がなかなかない。実際に聞いた方が臨み方が違う。
  • ひとつのテーマでじっくりと話が聞けるのが大きく違います。
  • 文字よりも耳で、時間を使って集中する場があることは、頭への刻まれ方がちがう。特にスマホでの文字は、流し読み?あまり記憶に残らないことが多い。脳まで響いてくる!
  • 耳で聞く方がスッと入ってきます。
  • 生の声で聞くと自分にストンと入ってくる感じがします。心に響き、よく心に残ると思います。だから実際に子育ての場面で活かせるのではないかと思います。
  • 文章として読むのと耳で聞くことはまた入り方が違うと思う。空いた時間に見るのと、時間を作って参加するのは自分の集中力も違う。
  • LINEやブログはカジノ片手間で見ることが多いので、実際に話を聞くときはたくさん考えながら聞けるので頭に入ります。
  • より実体験や捉え方が感じられる。
  • やっぱり心に響く。言葉の強弱とかありなしでやはり違う。イタイことも読み飛ばすことがないので、自分のためにもなる。
  • 一気にたくさんの情報が集中して聞ける。身につく。
  • 先生の声がいい声だった♡でも、早すぎてメモできず、その時は分かったつもりだけど、文字として残っていないと不安。すぐ忘れてしまうので、残るものが私には必要。
  • 先生の抑揚が心に残る。
  • 実際の声を聞いていると、先生のトーンで強調したいところや、ここはそんなに気にしなくていいんだよとか分かります。同じ文章を読むか声で聞くかで聞き手の捉え方は全く変わってくると思います。
  • 実際に先生のお顔を見て話を聞いた方が納得しやすい。
  • 一方通行な感じが少ない。レスポンスが早いし、表情も見られるので。
  • 活字の良さもありますが、一方通行になりやすいと思います。話を聞くことで双方向のやりとり、感じる部分があり、より理解が深まりやすいと思う部分です。
  • 情報量。先生の気取らない人間味を感じられること。文面だけだと遠〜い存在に感じていることが多いので。
  • 佳織先生のブレがないから同じ。
  • LINEやブログはかたい感じで、実際に聞く話の方が柔らかく感じる。(余談や例え話も入ったりするから?)
  • 佳織先生が"子どもの気持ちを代弁している言葉"がほんとにスッと入ってきます。たくさん聞きたいです。
  • LINEの方が、先生の一言一言に対して、返信もできるし、会話(対話)できている感じがある。実際の話では、他の人の話の内容や話し方、ニュアンスが見える。
  • 佳織先生の笑顔や声のトーンを感じることができるし、実際に話を聞いた方がインプットが強い気がする。この暖かい雰囲気がいいなと思います。

 

みなさん、ありがとうございました!

夜の部、突然参加はこちらまで。

coubic.com

本が読めない・・・

LINEで「入院中に本が読めなくなった。脳が休んでる感じがした」と書いたところ、「思い当たる!」という方からお返事をいただきました。

 

わかります!本が読めなくなりました!今も読むのが遅いし、億劫に感じる時があります。老眼のせいかと思っていましたけど違いますね。
私も前置胎盤で1ヶ月ほど入院しました。子供が産まれて間もない頃、何か資格を取ろうと考えていましたが、本が読めませんでした。
やっぱり仕事をしている方が頭が回るように感じます。
そういう意味でも焦りを感じます。

「仕事をしている方が頭が回る」と実感されている方はいいのですが、この状態って、言われるまで無自覚だったりして苦しんでいるケースも多いように思います。仕事ばかりが解決策でもない、というご意見もあろうかと思います。この点はLINEの方でお答えしていきますね。

 

脳が休む。
そう言えば、産後に新聞を読めなくてビックリしたことを思い出しました。
読み進めても、上滑りしてるだけで内容が入ってこないのです。
頭の中が薄い膜で覆われてしまったような感じもありました。
お宮参りやお食い初めなどのイベントも、家族の日程調整し予定を考えるだけで疲れ、神社などの予約をしてまた疲れ、自分は一体どうしてしまったのかと泣けてきました。
子どもが1歳になる頃、産後の運動で体力がつき、生理が再開して脳内の膜が取れてスッキリした気がします。

そう、「計画を立てる」などでも「あれ?」っていうことがあると思います。時が解決されてよかったです。続いていたらひとりで苦しんだでしょうね。

 

 先生のお話、あるあるです。読書大好きですが、産後私も活字を読めなくなりました、雑誌や絵本は読めましたけど。
頭に入ってこないし眠くなるんですよね…
私の場合、まるで脳が「読書してる暇があったら休め、ほら、いつ子供が目を覚ますかわからないぞ!」と命令しているようでした。
お陰で図書館で小説を借りてもいつも延長延長…でも読み終えられず返却し、借りて満足状態でした(笑)子供が3歳くらいになって、時間が出来たこともありようやく少しずつ読めるようになってほっとしています。

時が解決してよかったです。ほっとしますよね、自分が衰えたんじゃない!ってことがわかって。

 

 

 

「ママ向けのものは幼稚だと思う」というわたしの意見に対して、このような疑問が寄せられました。

ママ向けの幼稚なもの。。あまり感じたことはないように思います。例を挙げて欲しいです。

どう説明しようかな、と思っていたとき、素晴らしく的確に表現してくださったおたよりをいただいたので、そのままご紹介します。

私も、ママ向けの情報はすごく子供っぽいと思います。
例えばイラストや漫画が使われていたり。簡単にこちらの方法が正しい、と結論付けていたり。誰かとの対立をあおったり。
もちろん、そういうニーズがある方もいらっしゃるので、1つの表現方法だとは思います。
でも、こういう、子育ての苦しさ、みたいな真剣に議論されるべき社会的な問題も、じゃあ、ちょっと子供を誰かに預けてお茶しましょうね~とか、誰も親は完璧じゃないんですよ~とか、全く母親自身の根本的な解決になるような議論をみないんですよ。挙げ句の果てには、いつまでも手がかかる訳じゃないですよ~って、時間に解決させようとする。
そんないい加減なことで、これからの将来を担う子供を育てる母親に(もちろん父親にも)子育ての希望や楽しさなんて、伝わりますか?
私は、全く伝わりません。

人ひとりを育てる、って、ままごとじゃないんだから、本当はものすごく深刻な面もあると思うのですが、全体的に、泣いているママを「あー、よちよち」と慰める傾向が強いような気がして。でも、実際、それじゃ済まないから苦しいんじゃないか、と。

解決策も、このかたのおっしゃるとおり、「こうすればいい!」という答えを出しておしまい。「えっ、うちの子、そうはいかなかった!どうしたらいいの?」とますます不安をあおる・・・。

そう、イラストに表されている「ママ像」もいつもなんだかフワフワ・・・というかフニャフニャしてて、幼稚っぽい感じがします。「ママ」じゃなくて「親」なんですけど・・・と思います。

 

昨日、フジテレビの番組ノンストップで、
おかあさんだから
の歌詞の炎上を扱っていましたが、今の日本の男の人や年配の人たちが化石のようだから、ああいう歌が出来てしまうのだと思いました。

我が家のように、子供達だけでほとんど生活しなくちゃいけない環境下に置かれている私にとっても、何もかも犠牲にして
なりふり構わず頑張っていても、子供達が辛い思いをしなくちゃいけない環境下で、余計に追い込まれました。

あの歌詞にあるような事を全てやった事がありますが、それでも子供達は幸せでないんです。

お母さん一人が頑張りすぎる環境で、周りは見て見ぬ振り。私が歯を食いしばって強がっていると、余計に追い込む人達もいて、前職場でも多くのパワハラにあったりもして、生活不安にさせられたり、精神的に追い込まれたりもしました。

お母さんの応援歌なら、なぜもっと周りがお母さん達のために優しくなろうという歌詞が出来なかったのか?

今の日本を象徴していると思いました。

そうね、あの歌で苦しめられるお母さんはいっぱいいらっしゃるでしょうね。

わたしは、ちょっと冷ややかにこの事件を見ていて、「ママの間で人気の作詞家と歌のお兄さんが、なんかめっちゃ素敵そうなママを代弁で歌っちゃった」ことがまずかったと思っています。「お前が言うな!」と思うのはわたしだけ?

本当にげっそり疲れて髪ボサボサの現役ママが歌ったら、まだ涙したかも・・・。あの歌の感じ、いかにも美人で子ども育てながらも小綺麗にしてて、家の中も片付いていそうで、子どもにも優しい口調で語りかけていそうな女性な感じがしますよね。

代わりにこういうのどうでしょうか。「子どものころの僕にはママってこんな風に見えてたけど、実際は違うんだな〜♪ 君を見てたら、こんなママ像は虚像だってことがわかったよ〜〜♪ すっぴんボサボサの君も素敵だよ〜♪ でもたまには出かけておいで〜、あとは僕が全部やっておくよ〜♪」とか?

 

先生からの問い掛けに、
思わず、ある!ある!
お便りしたい!
と思いつつ、
なかなかお返事できていませんでした。

私は二児の母ですが、
二人目出産後から、
考えが及ばなくなったり、
短気になったり、
思い込みが激しいというか、考えが極端になったり、
そのような傾向が強くなったと思っています。

~したい、
~したほうがいいのでは?
と改善案や希望があっても、
長らく続く風習、習慣、やり方、ルール等を変えることは、なかなか難しいと感じています。
よく言えば伝統、しきたりを重んじると言えるのかもしれません。、日本のよい一面かもしれません。

ただ確実に時代は変わっていることも事実としてあり、臨機応変に変えればいいのにとも思います。

ただ、思っていることをそのまま伝えたとしても、面倒なことして!などと思われるくらいなら、波風たてたくないな、と思ってしまうこともあります。

仕事も家事も育児も何事においても、日々改善していくことが、改善案を考えていくことが大切だなと思います。

そして、どんなに技術が発達しても、やはり人と人との繋がり、コミュニケーションが大事だなとも思います。

 「考えが極端になる」というのは、わたしもお母さんたちと話していて感じることです。冷静に自分を観察できていればまだしも、自覚がないと本当に辛いと思います。「なんでわかってくれないの!!」って。「それはあなたの考え方が極端だからよ」なんて言おうもんなら、本当に窮地に追い込んでしまいます。

そして、「とはいえ、結局、面倒なことは避けたい」ですよね。だって、日々、たいへんだもん。

子供会や部活関連等の数十人の保護者の代表を、幾つかやったことがありますが、
心掛けたことは、
モメナイように手配することでした。

大人の集団なのにメンドクサイことでした、まったくも~~😅

 そうなりますよね、結局。

 

 我が家は、夫婦共に働いています。
収入も同じくらい。

昨日も、午前中休みをとって、日曜クラスの知育リトミックレッスンに行けなかった分の補講に行って来ました。

平日クラスのママ達は、本当に華やか。
キレイにメイクして、おしゃべりも止まらない(笑)。キラキラです✨✨✨✨

その反対に、私は職場に向かうスーツを着て、

娘は保育園の教え通り、裸足ちゃん🎵

「あしもと、寒くない?」と、よく聞かれます(笑)。

子どもは、3歳になるまで、母が自宅で育てたほうが良い、とも言う人もいます。

平日のレッスンに行く度に、ママ達のキラキラ感に圧倒されます(笑)❗

働かなくても、ご主人がたくさん稼いでいるからなのかしら~なんて、皮肉に思ってみたり~⁉

 わたしの子どもが小さかった15年ほど前は、今よりもっと「ワーキングママVS専業主婦」の図式がすごかったように思います。お互いがお互いを敵視していたり、「どっちが子どもにとって良いのか」みたいな論争があったり。

でも、この仕事をして、平日のママたちと接してみてわかったことは、キラキラして「見える」ってことです。それから「キラキラしていなくては!」って思ってる面もあると思います。

 

では、引き続き、これらのご意見を踏まえてLINEをお楽しみください。

 

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